【第57話】 リモリア 2
中央広場の手前の路地に入り、北地区の方角に曲がって奥の通りを少し歩くと、そのお店はある。
そもそもだけど、リモリアには服飾品を扱うお店は少ない。買い物をするとしたら場所は限られている。だから表通りに店舗を構えなくてもなにも問題はない。シャール好みの品を扱うお店は、南地区のもっと奥の通りにある。
煉瓦造りの建物は壁に蔦が這い、落ち着いた外観になっている。
ここは扱っている品も
中に入るとヴィーリアは店内をざっと見廻した。
「まあ、悪くはないですね。そうですね……ここから、あの棚まで。ライトフィールド男爵家に届けていただけますか?」
「ちょっと待って。そんなには……」
とんでもない量の買い物だ。
焦ってヴィーリアの袖を引っ張るわたしの唇に人差し指を置かれ、口を塞がれる。
「もらっておきなさい。それに……経済はあるところから回すものですよ」
……うう。それを言われてしまうと……。
「……ありがとう」
ヴィーリアはわたしの頭にぽんと軽く手をのせた。
まただ……。
ヴィーリアらしくない。ちらりと横顔を見上げる。今回は特に気にもしていないようだった。
店員さんたちが大慌てで商品を包み始める。
「お品物は明日にはお屋敷までお届けさせていただきます」
「ぜひ、ぜひまたいらしてくださいね」
「ぜひ」に力を込めた店員さんたちに盛大に手を振られ、満面の笑顔で店を送り出された。ヴィーリアもなぜか小さく手を振り返している。
「では次は図書館ですか? 書店ですか?」
「そうね、ここから近いのは書店だから……行きましょう」
目当ての書店は大通りに戻り、中央広場を抜けて五分ほど歩いた場所にある赤煉瓦造りの建物だ。
店内は壁一面が本で埋まっている。それとは別に、お店の中にはヴィーリアの背丈ほどもある書架がいくつも縦列に並んでいる。書籍が分類されて、種類ごとに本が分けられていた。
「こんにちは、おじさん」
カウンターに座っていた店主に声をかける。
「これはこれは、お嬢様。久しぶりだね」
「そう、ね。お父様と資料を探しに来たとき以来かしら?」
そのときに、あの
「……ミュシャ?」
書架の間から名前を呼ばれる。振り返ると、焦げ茶色の髪と瞳のそばかすの青年が立っていた。
彼は……。
「ジョゼ? ……あなた、ジョゼよね?」
「うん……久しぶり、何年ぶりかな? ……ミュシャは全然変わってないね。すぐにわかったよ」
はにかんだジョゼが微笑む。……昔のままだ。
店主がごほんと咳払いをした。
「ジョゼ、お嬢様とお呼びしなさい」
「あ……ごめん、僕、つい……」
「いいのよ。お嬢様なんて呼ばないで。友達だもの」
ジョゼはリモリアの学校へ通っていた頃の
物静かで大人しいが、困っていると声をかけてくれる優しさがあった。
「ジョゼこそ変わってないわよ。すぐにわかったもの」
「そうかな?」
「そうよ。……でも、自分ではわからないものよね」
一瞬で子どもの頃に戻ったような、とても懐かしい気持ちになる。
「ミュシャ。その方は?」
後ろから声がかかり、ヴィーリアの手がわたしの腰に回った。わりと強引に引き寄せられる。
「私にも紹介してください」
え? なに、この手? 外では好青年のふりをしているはずでしょ?
怪訝に思い見上げると、紫の瞳の色が深くなった。
「……わたしの同級生のジョゼよ」
「……あ、失礼しました。僕は、ミュシャ……お嬢様の同級生で、ジョゼ・ルーベンスといいます」
「そうですか。同級生、ね。ミュシャ、私のことも彼に紹介してください」
ヴィーリアの物言いは柔らかいが、なんだか険がある。
ジョゼは威圧されたかのように小さくなってしまった。
なにが気に食わないのか知らないけど……わたしの友達を失くすつもりなのだろうか。
「……ジョゼ、こちらはヴィーリア・アロフィス卿よ」
「はじめまして。ミュシャの婚約者のヴィーリア・アロフィスと申します」
……。
わざわざ、それを言うの?
「アロフィスって……あの?」と、店主が後ろで小さく呟いた。
「……婚約者?」
ジョゼが遠慮がちにわたしを見る。
「……そうなの」
「お嬢様っ! アロフィスって、あの魔術師団のアロフィス侯爵様のご令息かい?」
店主はカウンターから身を乗り出した。顔を近づけ、眼鏡をおでこまで上げた。目を皿のように大きくしてヴィーリアを凝視している。ヴィーリアは微笑みこそ崩さなかったものの、身体を若干、後ろに引いた。
「ええ、そうよ。アロフィス侯爵様の次男で……」
「なんと!? これは驚いた! じゃあ、この方が次期ご領主様かね!?」
興奮した様子の店主の大声で、本を選んでいたお客さんたちが何事かと振り返る。
「……ええと? それは、ちょっと、まだ……」
店主の迫力に気圧されしながら答えたが、どうやらわたしの言葉は耳に入っていないようだった。
「おおい! 皆の衆! 次期ご領主様がいらっしゃってるぞ。あのアロフィス侯爵様の次男だそうだ!」
店主のダメ押しの一声。
「次のご領主様?」「アロフィス侯爵家の?」「え? あの方?」「もしかして、魔術師?」などと、店の中がざわざわと騒がしくなる。カウンターに人が集まりだすと、あっという間にヴィーリアとわたしを取り囲んだ。
予想外の展開になってしまったが……。今……かもしれない!
わたしはヴィーリアの腕を腰から
強引に引き寄せられはしたが、いつもと違い、強く掴まれていたわけでもない。
するっとその人の輪を抜ける。
「ミュシャ!?」
大勢に取り囲まれたヴィーリアは、なんだかんだと質問攻めにされだした。あんなに困惑した
「わたし、本を探してくるわ! ヴィーリアは皆さんとゆっくりお話しでもしていてね!」
人の輪の外で、成り行きに呆然としていたジョゼの手を取った。
「ジョゼ、わたしと一緒に本を探してくれる?」
「……うん、もちろん」
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