【第56話】 リモリア 1



 ブランドとベルには、ヴィーリアと一緒にこれから町まで本を探しに行くと告げた。


 レリオに転移魔術で町まで送ってもらうこと、帰りもレリオに頼むから迎えは要らないこと、夕食前には帰ってくることをブランドに伝える。


 「レリオ様がどうしてここに?」とブランド。


 わたしへの贈り物として、ヴィーリアが公都で注文をしていた服と靴を届けてくれたから、と説明する。

 ベルは贈り物ということになっている、黒いワンピースと明るい灰色の外套コートを着たわたしを「お嬢様、とても素敵です。よくお似合いですよ」と褒めてくれた。


 「レリオをわざわざ公都から呼び出す必要があったの?」そうヴィーリアに尋ねたら「私は魔術を使えないことになっていますから」と、しれっと答えた。


 レリオはわたしたちを送るふりをしたあとは一旦、公都に帰りたいと言った。しかし「あなたの力では公都とリモール領の二往復は難しいでしょう?」と諭されて、応接室で待機してもらうことになった。

 ……ヴィーリアは状況を設定すると、詳細にこだわるタイプのようだ。


 信書を届けに来たときのレリオは、部屋を用意するから休んでいってはどうか、というお父様の提案を、この上ないほどの挙動不審さで怯えながら断った。そして、すぐさま公都へと引き返した。それほどまでにヴィーリアから離れたかったのだろうと、今なら解る。


 今日はすぐ側にいない分、まだましだとは思うけど……。レリオにはかわいそうなことになってしまった。公都での仕事もあるだろうに。


 林檎も落としてしまったことだし、せめてなにか、レリオの食べたいものを作ってあげてほしいとケインにお願いをした。



 ブランドとベルに「行ってきます」と手を振り、町まで転移させてもらう。


 レリオは腕を上げてそれらしい動作をしながら、呪文らしきものを唱えた。

 実際に魔術を使ったのはヴィーリアだ。


 レリオの転移魔術は碧色の光の柱が立つ。空に碧色の光が伸びれば、魔術に縁のないリモール領ではなんだかんだと騒ぎになってしまうだろう。


 途端にふっと視界が回転する。身体が浮いたような感覚があった。次の瞬間には、ヴィーリアに手を取られて町の人気ひとけのない路地裏にいた。


 「気分はいかがですか?」


 この場合は感想ではなく、具合を訊かれていることを思い出す。


 「大丈夫よ。なんともないわ」


 石畳に足が着いたときに、ほんの少しふらついただけだった。


 秋桜コスモスの高台から眼下に広がっていた町が、ここリモール領で唯一の町になる。


 正式な町の名称はリモリア。

 リモールの町といえばリモリアを指すために、単に『町』や『リモールの町』と呼ばれることが多い。


 町には木造きづくりと煉瓦造りの建物が建つ。割合はだいたい半々。


 材木は山から木をり出して加工している。煉瓦も山の窯で焼いたものを使っている。

 なにしろ山が近い土地なのだ。木材や煉瓦を作るための粘土と土には困らない。


 屋根には赤色、茶色の素焼きの瓦や、緑色、青色の瓦も使われている。色を混ぜて濃淡をつくった瓦などもあり、高台から見渡すリモリアの町並みは屋根の色もとりどりだった。


 伯爵領との堺であるミゼル河では川漁かわりょうが盛んだ。何艘もの漁船が浮かび、河川港かせんこうがある。


 リモール領で唯一の蒸気機関の駅もある。各地の領を通り公都まで人を乗せ、物資を運ぶ。そしてまた公都から、それらを乗せて戻ってくる。汽車はミゼル河にかかる煉瓦と鉄で作られたアーチきょうを渡る。


 ミゼル河に橋を架けてリモール領までを開通させるのは『当時の伯爵領とリモール領をあげた大事業だった』と、おじい様に聞いたことがある。お父様がまだ小さな子どもだった頃の話だ。


 町の中央に位置する広場には毎日、市場いちばが立つ。周辺の村から運ばれた農作物や畜産物、果物、木製の加工品などが売られ、川漁師かわりょうしたちが捕った魚や水産品も並ぶ。


 この広場はそのまま中央広場と呼ばれていた。ここを中心として町を東西南北の四つの地区に分けている。


 ミゼル河に面するのは東地区になる。リモール、ユーグル山脈方面は西地区だ。

 男爵家の屋敷があるのも西地区になる。


 わたしもシャールも十歳まではリモリアの学校に通っていた。お父様の方針で、領内の子どもたちと一緒に遊んで勉強をした。そのあとは家庭教師としてノルンがやってきた。 


 今も、町に降りれば友達にうことができる。




 ヴィーリアにエスコートされて町の大通りの石畳を歩く。

 久しぶりの町は、最後に来たときと比べてもかなりの人出があった。


 ヴィーリアの腕に掴まっていなければ、たちまちはぐれてしまいそうだ。

 すれ違うときに目に付くのは、大柄な体格の者たち。たぶん気のせいではない。


 「なんだか、前に来たときよりもずいぶんと人が多いわ。……活気があるというか」


 「耳の早い者たちは炭鉱で鉱脈が発見されたことを聞きつけています。近隣の領からもリモールに入ってきていますからね。これから炭鉱での働き手を集めるでしょうし、宿や飲食店ももっと賑わいますよ。それに……神殿の巡礼が目的の者もいるでしょう」 


 秋の陽は傾いているが、まだ夕方というには少し早い時刻。

 通りの脇に立ち並ぶ屋台やお店の呼び込みも賑やかだ。


 屋台で売る焼き栗の芳ばしい匂いが鼻をくすぐる。


 くすりと笑ったヴィーリアは「食べていきますか?」と訊いてきた。「帰りにお土産に買いましょう」と答える。焼き栗は魅力的だが、今日は済ませなければならない用事が先だ。そのために来たのだから。


 あと少し歩くと中央広場に出る。


 それにしても……。


 さっきから老若問わない女性たち、ちらほらと男性もだが、ヴィーリアとすれ違っては振り返る。


 腿丈ももたけほどの黒い外套の襟は立たせている。薄い黒色のスラックスと艶を消した黒い靴。上着もシャツもタイもすべて微妙に違う黒色だ。それを瀟洒しょうしゃに着こなしている。


 長い白銀色の髪は耳の横で弛くまとめていた。黒い外套の上で、その髪色の対比が美しい。くわえて身長も高い。ただでさえ目立つのに、人目を惹く深い紫色の瞳と洗練された物腰と雰囲気。完璧な表の顔だ。


 普段の慇懃無礼さと、今朝の爛れまくった雰囲気はまったくない。本当に隠すのが上手いと感心する。


 「なんですか?」


 「……なんでもないわ」


 ヴィーリアは見られていることを気にしていないようだった。……慣れているのかもしれない。


 「……ところで、貴女が服飾品を購入している店はどちらです?」


 「それなら、こっちよ」



 

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