【第54話】 ミュシャの誘い 1



 昼食の前に部屋に戻って鏡を探した。


 寝台の枕元にそのままあるものと思っていた。だけど見当たらない。枕をひっくり返して、枕の下を調べる。シーツもブランケットもめくって探したがどこにもない。寝台と背もたれの間に落ちてしまったのかと、その間に無理やりに手を差し込んで探ってみた。それらしきものは手に触れなかった。


 寝台の下に落としてしまった? 這いつくばって床と寝台の隙間を覗いたが、鏡は落ちていない。寝台回りも隅から隅まで探した。


 それならば……記憶にはないが、机に戻しているのかもしれない。

 すべての引き出しを開けてみるが、ない。

 鏡はどこにもみつからなかった。


 まさか失くしてしまった? 


 大切に使われていたもののようだった。持ち主を探さなければならないのに。それなのに、拾ったわたしが失くしてしまうなんて。

 本当に、どこにやってしまったのか……。


 手始めに屋敷の皆に鏡をどこかで失くしていないか訊いてみよう。持ち主が見つかれば事情を話して謝り、一緒に探すこともできる。


 最初はベルに、寝台の上で木枠に嵌った丸い鏡を見なかったか、ベルの落とした鏡ではないかと訊いた。


 「いいえ? 見た憶えはないです。……わたしの鏡ではないですね」


 次はブランド。


 「鏡ですか? 私のものではありません」


 じゃあ、ケインとルウェイン。


 「鏡なんか持ち歩かないですからねぇ」

 「僕のじゃないですよ」


 ルイはどうだろう。


 「いいえ。……わたしのじゃありません」


 コディは……鏡を拾ったときに訊いたら、違うと言っていた。


 お父様とお母様のものでもないと思う。ベナルブ伯爵のものとも考えにくい。そもそも彼らは裏庭の菜園には行っていないだろう。


 ……では、誰の物なのか?  


 使っているところを見たことはないけど、やっぱりシャールの落とし物?


 ふと、見習い司祭様をよく庭で見かけていたことを思い出す。

 ……まさか、見習い司祭様が落とした鏡だろうか。うーん……。


 ……とりあえず、今度会ったときにでも見習い司祭様にも訊いてみないと。

 その前に、鏡も必ず見つけなければ。




 午後にわたしの部屋でお茶を飲むことがヴィーリアの習慣になってしまった。


 今日はもう、商会の関係者との宝石の流通に関する打ち合わせは終わったようだ。

 さも当然のようにわたしの隣に腰を降ろすと、長い足を組んだ。さっそく片手でタイを弛めている。ぱちんと指を鳴らすと、テーブルの上にはティーポットと二個のティーカップが現れる。ティーポットの注ぎ口からは白い湯気が上がっていた。


 少し蒸らしてからわたしの分もカップに注いでくれる。

 紅みがかった琥珀色の紅茶は、瑞々しいフルーツのような甘い香りがした。


 「ありがとう。とても美味しいわ」


 当たり前だというようにヴィーリアは口の端を上げた。


 「ねえ、ヴィーリア? ……明日は忙しい?」


 「まあ、それなりにですが。どうかしたのですか?」


 「あのね、町の図書館と、書店に行きたいの」


 「……」


 「ちょっと、欲しい本があってね。だから……」


 「……」


 「一緒に行かない?」


 「当然……おともしますよ」


 ひとりで行くには不安が残るし、どうせヴィーリアの目は誤魔化せない。だったら一緒に行って、ヴィーリアに気付かれないうちに、素早くささっと目当てのものを探せばいい。


 「貴女からのお誘いは、珍しいですね」


 「そうか……な?」


 そういえば、ヴィーリアと屋敷の周辺以外のどこかへ出かけるのは初めてのことだ。


 「……でしたら、今から行きましょうか?」


「今から? わたしの用意をしていたら間に合わないわ」


 ヴィーリアはそのまま出かけられるかもしれないけど、わたしはそうはいかない。


 普段に着ている服よりも少しだけ見栄えのする服に着替えたいし、髪ももう少し、なんとかしたい。ヴィーリアの隣に並んで一緒に歩くとなればなおさらだ。


 「そんなことなら……」


 ヴィーリアはぱちんと指を鳴らす。


 目の前に一瞬、白い光がはじけた。



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