【第53話】 モヤモヤする気持ち 2
朝食を終えたあとは図書室で書類の整理をした。仕事が一息つくと、そのまま調べものをしていた。
ヴィーリアは応接室にいる。アロフィス侯爵家と取引のある商会の関係者と、宝石の流通に関する打ち合わせをしていた。
『あのね、これは心を癒す治療法の応用なんだよ。……人間にはね、無意識下に、共通の集合的無意識の領域があるんだ』
『……人の心の奥のもっと奥には、共通する意識の流れがあるんだ。普段は自覚できないんだけど、眠っているとき、それから眠りと目覚めの狭間にいるときには、そこに意識が流れていく。心の治療をするときには、こうやってその流れの中で、意識を繋げてお話をするんだよ』
『……考えておいて。僕はお嬢さんの、その契約を解いてあげられるかもしれない……』
夢の中のロロス司祭様が言ったことを思い出すと、胸がざわついて気持ちがもやもやとする。
あの夢のすべてはわたしの頭の中で作り上げたことだ。
それに昔、ノルンが授業で『無意識』についての話をしていたような気もする。
ノルンに習ったことを頭の隅で憶えていて、夢に反映されたのかもしれない。もしくは、でたらめなことを作り上げて、ノルンに習ったように錯覚しているだけなのかもしれない。
『無意識』と『治療』のことを調べれば、どちらなのかがわかる。そうすれば気持ちも少しはすっきりとするはずだった。
書架の間をうろうろとして、関連する資料を探す。見つかったのは心理学の本が一冊と、神殿と神聖術に関する本が数冊ほど。意外と少ない。
夢の中のロロス司祭様は『魅了』がどうとかも言っていた。
魔術についての本も探してみたが、一冊も見当たらない。やはり、リモール領は魔術とは縁遠い。
『魅了』についてはあとで一応、
見つけた数冊の本の中で、神聖術の『治療』に関する記述があるものは三冊。テーブルに広げて
三冊に目を通した結果……どの本も、なんだか違う。
怪我や病気の『治療』については記載されていた。しかし、それは司祭様が施す神聖術の『治療』の方法ではない。『治療』についての一般的な説明のみだった。
つまり、神殿に相応の額の謝礼を払えば、司祭様の『治療』を受けることができる。巡礼中の司祭様は軽度の怪我なら無償で『治療』を施してくれる、など。誰もが知っていることだけ。
『心の治療』についての記載は見当たらなかった。
三冊の本をテーブルの端に
……なんだか小難しい専門用語が、小難しい文章でつらつらと書かれていた。文字を目で追うが、正直なところ、なにが書かれているのかよくわからない。言葉も難しくて、その意味を調べるだけでも大変だ。
『集合的無意識』という言葉や項目はなかった。
静かに本を閉じる。
……うん。読めない。専門的過ぎてこの本はムリ。せめて『こどもでも解る心理学』とか、そういった本があればいいのに。
解りやすく、読みやすく、なおかつ詳しい記述があるものは屋敷の図書室にはなかった。となれば、町の書店か図書館に行くしかない。ただし、必ずしもそこにあるとは限らないのだが。
探す本の種類を考えれば、できることならひとりで行ったほうがいい。だけど、ひとりで町まで行くのにも不安が残る。もしも万が一でも不測の事態が起こって司祭様たちと遭遇してしまった場合に、ひとりでは対処できない。それは先日、執務室に転がり込んだときによくわかった。見習い司祭様だったから難を逃れたようなものだ。
仮にひとりで町に行き、なにもなく無事に帰ってきたとしても、それがヴィーリアに知られた場合には……。『口で言っても解らないようですね』だとか『何度も何度も申し上げました』とか言われて、今度こそなにをされるかわからない……ような気がする。それに……ヴィーリアの目はたぶん、誤魔化せない。
机に伏せて窓の外を眺めた。秋の高く薄い青空に、裏庭の樹木の赤や黄色の紅葉が映える。
……そういえば、あの鏡はどうしただろう。
朝はヴィーリアのことで混乱してしまい、鏡のことは忘れてしまっていた。
昨夜は手に持って……いた?
鏡の鏡面が光っていて、鏡から声が聞こえた。鏡を覗いたら、とても美しい黄緑色の瞳と目が合った……。ううん、あれは夢だった。
たぶん、枕元に置いたままだ。
落とした者がいないか、屋敷の皆に訊いてみなければ。
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