【第40話】 男爵家会議 2
今、朝食の前に執務室で緊急の男爵家会議が開かれている。
「皆もわかっていると思うが……こうなったシャールは頑固だ」
集められたブランド、ベル、ケインもうんうんと大きく肯く。ルウェインは状況が呑み込めていないようにきょろきょろと首を廻して、皆の様子をうかがっていた。
ヴィーリアは心配そうな表情を作っていたが、口角が微妙に上がっている。皆には気付かれていないだろうがわたしにはわかった。
……そういえば朝、今日は忙しくなると言っていなかった? ……知っていたの?
「今、コディに駅に向かってもらっているが……シャールのことだ。汽車の時間は調べてあるはずだ。おそらくすでに乗ってしまっているだろう」
お父様が大きくため息をついた。
「ノルンには私からも手紙を出す。ベナルブ伯爵様との協議やこちらでの仕事の区切りがつき次第、私も一度、公都に出向くつもりだった。アロフィス侯爵家にこの度の事業協力についてお礼の挨拶に伺う。その時にノルンとシャールに会ってこようと思う」
お父様がヴィーリアに目を向けて同意を求めた。ヴィーリアも好青年よろしく
「……フェイがついて行ってくれたのは良かったわ……ノルンに迷惑をかけないといいのだけれど……」
お母様が口元に手を添えた。もし、シャールが公都に行って勉強をしたいと本気で言っていたら、お父様たちは止めなかっただろう。しかし、今まではそれができない問題があり、そんなことを言い出せる状況でもなかった。
それがこの数週間で解決の方向に舵をきった。そこへノルンの助手の席が空いたという知らせが届いた。シャールはどうするべきか迷っていたのかもしれない。公都で勉強もしたい。しかし、伯爵とのことも心残りに、公都には行くことはできない。そして昨夜、決断を下すために伯爵に手紙を渡した。それがあの密会だった。
そして……今すぐにリモールを発たないと、公都に行く決心も伯爵を突き放す決心も揺らぐと考えたのかもしれない。それはシャールにしかわからないことだけど。
『貴方はずるいの。でも、わたしもずるいの。……本当にわたしが好きなら、捕まえてよ。そうすれば……』
昨夜のシャールの言葉が思い出される。捕まえてと言ったのは走り去っていく彼女を追いかけて欲しいということではなかった。
それは、きっと……。
「シャールのことはベナルブ伯爵に私から本日の協議で話す。それまでは皆、誰になにを聞かれても、なにも話さないでいてくれ」
屋敷には昨日、伯爵が伴ってきた従者たちがいる。ブランドやベルたちが朝から動き回っていたのを見た者たちに、なにか聞かれるかもしれなかった。
「かしこまりました。旦那様」
ブランドが頭を垂れた。ベル、ケイン、ルウェインもブランドに追随した。
「お父様。……こんなときにうかがうのも申し訳ないと思うのですが……いえ、こんなときだからこそ知っておきたいのです。……ベナルブ伯爵様の黒い噂とは一体なんなのですか?」
ブランドたちが自分たちの持ち場に戻った後に尋ねた。お父様はお母様にちらりと目配せをしてこほんと咳払いをした。
「あまり……若い娘に聞かせるような話ではないのだが」
お父様が言い渋る。それだけでだいぶ内容の方向には見当がつくが、きちんと噂の中身は知っておきたい。
「でも……シャールの家出ともなにか関係があるのかもしれないですし……。それに、うちの領地の危機を助けてくださった伯爵様に黒い噂があるなんてどうしても信じられなくて……」
お父様は机の上で組んだ指を忙しなく動かしていた。話してもいいものかどうか迷っていたようだが、じきに指を動かすのを止めた。
「……伯爵様と内々に結婚の約束をして破棄された……騙されたという貴族の令嬢や、平民の娘たちが大勢いるという噂がある。その令嬢や娘たちはすでに神殿の修道院に送られているという話や、隠し子もいるとか……」
お父様が言葉を濁してため息をついた。
簡単に言えば年若い娘たちを弄んで捨てて、修道院送りにした上に子どもまで産ませているということだ。お父様は言葉を選んでいたので実際はもっとえげつない内容なのだと推測できる。この話が本当だったらとんでもないことだが、伯爵は『事実無根』と否定していた。
「そんな噂が……。でも……そんなことをしていたら、その令嬢の家門や領民が黙ってはいないと思うのですが?」
「……そうなのだ。そういった噂については私も思うところがある。しかし、突然、合意のない督促状を送りつけて、担保として領地の接収とシャールに求婚してきたことも事実だ」
お父様がどうしたものかと腕を組み替えた。
それはお父様に正々堂々と向き合えなかったヘタレな伯爵が、シャールに一目惚れした挙句の愚行であり、本当は担保と見せかけたシャールこそが目的だった(仮定)。しかしそれを今ここで話すわけにはいかない。
「お父様、噂などに惑わされずに直接、伯爵様にお尋ねしましょう」
「しかし……」
「伯爵様の言い分も聞いてみないことには不公平ですし埒があきません。ヴィーリア様もそう思いますよね?」
ヴィーリアの横顔を見上げて同意を求める。
「……そうですね。確かに尋ねにくい内容であることは解ります。しかしシャール様との件もありますのではっきりとさせておいた方がよろしいかと。ミュシャ様の
「……訊いたとしても伯爵様が本当のことをお話してくださるとは限らないし、お話してくださったことが事実かどうかも確かめようがないと思うのだけど……」
お母様が思案気に言うことももっともだ。だけど、その点は心配いらない。なにしろここにヴィーリアがいるのだ。端正な横顔に目配せをする。
「その点ならお任せ下さい。アロフィス家の諜報網を使いましょう」
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