【第38話】 絡まる糸を 2



 「そうね。よろしくお願いするわ。その後に伯爵とシャールの婚姻の件についてもきっと話し合いがあるわよね。お父様は破談にするように話を進めるはずだから……伯爵を助けてもらえないかしら?」


 「そう、お望みとあらば」


 「ありがとう。お願いね、ヴィーリア」


 きっと涼しい顔をしてうまくやってくれるだろう。


 「……さて、それでは私は戻ります」


 歓迎会の途中で様子を見にきてくれたのだからあまり長く会場を不在にしてもいられない。ソファを立ったヴィーリアに、肩にかけてくれた上着を返す。


 「ありがとう。暖かかったわ」


 「……」


 頭にぽんと大きい手が乗せられた。そのままくしゃりと髪をかき混ぜられる。


 「……なに?」


 今までにない行動にいぶかしんでヴィーリアを見上げる。ふいに顎を掴まれたり腰を抱き寄せられたり、耳を噛まれたり指を舐められたりと、まあ、いろいろと……それ以上に不埒な行為もあった。だけど、このように頭を撫でられたことはこれまでにない。

 雷の夜に何度も繰り返し髪を掬うようにして撫でられたのは、魂の一部が混じり合ってしまったことをどうにかしてと、ごねるわたしをなだめるという理由があった。

 今は理由は見当たらない。ヴィーリアも自分の手を眺めていた。


 「いえ……なんでもないです」


 「?」


 なんなのだろう? まさか依代が足りなくなって力が出ないとかは言わないよね? 


 先ほど庭から部屋に転移しただけで、今日は緑柱石ベリルの鉱脈を造った時のように大きな力は使っていないはず。でも、一応、今後の参考のために訊いておく。


 「転移魔術はかなり力を使うものなの?」


 「距離にもよりますが、私にとっては造作もないことです」


 いつもの調子で平然と答える。それなら依代の追加はしなくて大丈夫そう。


 「では私は行きます。……ミュシャ。何度も言いますが、私が傍にいないときにあまりひとりで動かないようにして下さい」


 「……気を付けるわ」


 何度も、を強調してヴィーリアは歓迎会の会場に戻った。




 ひとりで動かないようにと言われてもシャールの様子が気になる。今は主役のひとりである司祭様は歓迎会の真最中だ。よもやヘタレ伯爵やヴィーリアのように、司祭様まで会場を抜け出すことはないだろう。


 シャールの部屋はひとつ部屋を挟んだすぐ先。部屋の扉の音を立てないように静かに細く開けて廊下の様子を覗く。大丈夫。廊下には人の気配はない。ヴィーリアに再び念を押されてしまったからなのか、意識をしすぎてただ廊下を歩くのでさえ緊張してしまう。


 「シャール?」


 シャールの部屋の前でノックをしてから声をかけた。部屋の中からバタン、ガタンと引き出しを強く閉めるような鈍い音が何度か聞こえてきた。しばらくすると、細く開けた扉の隙間からシャールが顔だけを出した。


 「お姉さま? どうしたの?」


 「……夕食は食べられた? さっきは食欲がないって言っていたから気になって」


 「ええ、大丈夫よ。美味しかったから全部食べたわ」


 シャールはいつもと同じように微笑んだ。


 「……そう。それなら良かった。……ところで部屋には入れてくれないの?」


 シャールは隙間から顔を出しただけで、それ以上は扉を開けようとはしなかった。


 「ごめんなさい。ちょっと部屋の中が散らかっていて。お姉さまに見られるのは恥ずかしいの……」 


 「さっき大きな物音がしていたようだけど?」


 「棚や引き出しを整理しようかと思っていて……。そうだ! お姉さまの部屋で話しましょうよ」


 シャールは素早く扉の隙間から廊下へと出てきて扉を閉めた。


 子どもの頃から、シャールはいろいろな物を拾ってきては引き出しにしまい込んだ。表面がつるつるとした綺麗な色の小石や、なんの部品か見当もつかないような螺子ねじや、植物の種、蛇の抜け殻などだ。本人曰く大事な宝物だそうで、見た目にはゴミのような物でもお母様やフェイたちも勝手に捨てたりはしなかった。そういった物を取り出しては眺めていたのかもしれない。


 「いいわよ。行きましょう」


 その夜はシャールと幼い頃の思い出をたくさん話して二人で笑い合った。そうしていると庭での出来事がまるで夢の中であったことのように感じられるほど、シャールはいつもと同じで普段のシャールのままだった。


 「そういえば、そろそろ柘榴の砂糖漬けができあがる頃よ。砂糖も溶けてきれいな紫色のシロップができていたわ」


 「それは……楽しみ」


 「そうね。今年はたくさん収穫してくれたからかなりの量が作れたわ。みんなで一緒に飲みましょうね」


 にこにこと笑って聞いていたシャール。


 シャールにはいろいろと訊きたいこともあった。だけど、結局はなにも訊くことはできなかった。


 

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