【第37話】 絡まる糸を 1



 『お願いしたことをちょっとだけ変えて欲しい』内容をヴィーリアに伝えた。それは二人を破談にするのではなく、シャールと伯爵のこじれて絡まり合った縁をなんとかほどいてあげたい。というもの。


 ヘタレ伯爵……いや、ベナルブ伯爵の馬鹿な画策のせい(仮定)で相当酷い目にもあった。恨み言や、言いたいことはそれこそ山のようにある。だけど……やはりリモール領を救ってくれた大恩人なのだ。

 ヴィーリアは辛辣な言葉を放ちそうだが、わたしは伯爵が根っからのヘタレ意気地なしではないと、シャールのためにも信じたい。……とはいえ、やっぱり相当どうなのかとは思う。


 『恋は盲目といいますから』と、以前にベルが流行はやりの恋愛小説を読んだ感想を話してくれたことがある。わたしにはまだその気持ちはわからない。初恋でさえまだなのだから未知の領域だ。


 伯爵はシャールに恋焦がれるあまり、斜め上のさらに上のおかしな方向に行ってしまったのだろう。どうしてそんな発想になってしまったのかと、残念過ぎてため息しかでないけど。

 それでもシャールが伯爵を慕っているのなら……。シャールのために伯爵とシャールの拗れて絡まり合った縁をなんとか解きほぐしてあげたい。


 「放っておきなさい。そもそもあの伯爵の身から出たさびですよ」


 それを言ってしまったら身もふたもない。


 「……それは、そうかもしれないけど」


 「貴女が破談を願ったことに責任など感じる必要はありません」


 ヴィーリアは面倒くさそうに足を組み替えた。お願いをきいてくれる気はまったくなさそうだ。


 「でも、シャールは伯爵を好き……なわけだし。このままだとお父様は確実に破談にするわ」


 「罪悪感ですか?」


 ヴィーリアが小馬鹿にしたように訊く。


 密会の現場にノコノコと出向いてしまい、覗き見、盗み聞きをしてしまった罪悪感はもちろんある。でもそれを差し引いても、あのシャールの姿に、震えていた声に胸が苦しくなる。素知らぬ振りなどできない。


 「ヴィーリア、わたしの願い事を覚えている?」


 「当然です。男爵家の借金をすべて伯爵に返済することと上乗せ分。貴女はそれが家族と男爵家を支えた者たちの安泰と幸……」


 ヴィーリアは、はっとしたように言葉を止めた。


 「まさか……」


 「だって、家族の幸せも願いだもの。シャールが幸せじゃなければ、わたしもお父様もお母様も幸せとは言えないわ。……それに、きっと屋敷の者たちだって……」


 顔を伏せ気味にしてまなじりを拭う仕草をしてみる。我ながらわざとらしい。


 「……人間の心を魔術で変化させて縛っても、貴女の望む幸せにはならないと思いますが?」


 「違うわよ? そうじゃないの。ヴィーリアに魔術を使ってもらいたいわけじゃなくて、ただ二人が素直になれるように手伝ってほしいの」


 「ご存じですか? 痴話げんかは犬も食わないものです」


 紫色の瞳が剣呑けんのんな色を宿して眇められる。


 「どうしても二人を結び付けようとしているわけじゃないわ。わだかまりを解いてから、お互いに素直に話し合う機会を作ってあげたいだけ。その後どうするかは本人たち次第だもの」


 もちろん願うのはシャールの幸せな結末だ。ただ、この想いがたとえどういった結末を迎えたとしても、わだかまりを抱えたままきちんとした話し合いも出来ずにこのまま終わってしまうよりかは、気持ちは何倍もすっきりとするはずだ。


 「厳密にいえば、貴女の願いの本質は借金の返済と上乗せ分です。ほかの願いは付随するようなものなのですが……それで? どうするのですか?」


 ヴィーリアは諦めたようにため息をついた。


 「そうね……。まずは……こんな馬鹿げた画策をしなければならない原因となった伯爵の社交界の酷い噂ってなんなのかしら?」


 「ご存じないのですか?」


 「具体的なことは知らないの。黒い噂があるっていうことだけで」


 「男爵に尋ねてみたらいかがです?」


 「そうね……。お父様なら、きっともう知っているわね」


 とにかく第一に、伯爵がお父様にシャールに話した内容をきちんと伝えることからだ。

 伯爵の口から語られることが推測したことと同様ならば、伯爵はお父様に謝罪し、筋を通さないことには始まらない。

 お父様が謝罪を受け入れなければ受け入れるまで、伯爵は誠意を伝え続けなければならないだろう。すべてはお父様が謝罪を受け入れて、伯爵のしたことを許してから。もし、その前に伯爵が諦めてしまえば、シャールとの縁は今度こそ本当に切れてしまう。そうなれば元も子もないが、そうなったらそうなったで……仕方がない。そんな幕切れは望まないし、せっかくヴィーリアが協力してくれる気になったのに残念だけど、そんな人物にシャールを任せることはできない。だから、まずは伯爵がこれからどうしたいのか、どう動くのかを確かめなくては。


 「明日、ヴィーリアはお父様と伯爵の話し合いに同席するのよね?」


 「そうです。アロフィス侯爵家がどれだけライトフィールド男爵家の事業に全面的に協力するかを、ベナルブ伯爵にとくと説明して差し上げますので」


 微笑んだヴィーリアの美しく整った笑みがとてつもなく腹黒く見える。今はそれがかえって頼もしく感じられた。



 

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