【第36話】 推測 2
「まあ、そんなところでしょう。しかし……最初からリモール領を取り上げるのが目的だったとは考えないのですか?」
「そうね、伯爵が最初にどういうつもりでリモールを助けてくれたのかは推測だけど……。二人の話を聞いた限りでは……それはない……と思うわ」
ヴィーリアは黙っていた。ほかにも鋭い棘のあることを言われるかもしれないと、多少身構えていたのだが特になにも言わなかった。
「……リモールは暮らしているわたしたちにとっては守るべき大切な土地よ。でも、自慢じゃないけど、西の辺境だし秘境って呼ばれているし、今まではこれといった特産品もなかったわ。公都までの汽車が通ったのだって公国でも最後の方だったって聞いている。伯爵領の方が豊かな土地なのに、伯爵がリモールを欲しがる理由なんて……それこそ借金の形くらいしか思いつかないわ」
そうなのだ。だから借金の担保として領地を接収する正当性を示すために、シャールに求婚をしたのだと誰もが思っていた。しかし、実はそうではなく本当の目的はシャールとの婚姻だったということ。手段と目的が逆だった。
シャールはシャールで領地を救ってくれた伯爵の優しさに憧れていた。憧れというよりもおそらくは恋だった。しかし、伯爵は男爵家を追い詰めた。それは自分との婚姻のためだと知った。
伯爵は成婚したら、当初の約束通りに返済についての話し合いを持つつもりだったのかもしれない。だけど、シャールの言った通り、今さらだ。厳しい節約生活を強いられて、精神的にも、体力的にもかなり無理をしてきたお父様とお母様、屋敷に残ってくれた者たちや領地の状況を理解して一緒に頑張ってくれていた領民たち。それらを思えば許してほしいと請われて、はい、許しますと簡単には……言えない。異常気象から五年、伯爵から莫大な額の督促状を突きつけられて二年。
『勝手に許す訳にはいかない』とはそういう意味なのだろう。
シャールは怒っていた。それでも、自分から伯爵に近づいて爪先立った……好きじゃなければそんなことはしない。
そして、わたしがヴィーリアに願ったのは、伯爵に借金をすべて返済することと少しの上乗せ分。それができれば借金の担保と思われていた領地の接収もなく、伯爵とシャールとの婚姻もなくなる。家族と男爵家を支えてくれた者たちの安泰と幸せは、領民の生活の平穏と幸せに繋がる。それはわたしが思い描いた大団円。少しの上乗せ分はとんでもない上乗せ分になったけど、今現在そういう筋書きでことは進んでいるはずだった。
しかし、伯爵とシャールは“気に入っている”以上にお互いを好ましく思い合っていた……ようだ。
このままわたしの願いを進めてしまえば、シャールが心から笑顔になる結末が見えない。
「ヴィーリア……」
隣のヴィーリアを見上げる。
「……なんですか?」
わたしを見下ろす表情が心なしか険しい。珍しく眉間をしかめて、声も硬い。
「わたし……こんなことは想像もしていなかった」
「……」
「だから、わたしの願いを……」
「私との契約は破棄できません」
言いかけた言葉をヴィーリアが強く遮った。紫の色の瞳がわたしを射るように見据えると、微かに光を帯びる。
「覚えておきなさいと、言ったでしょう? 貴女は私のものです」
瞳の鋭さとは裏腹に、穏やかな口調に変わる。まるで囁いているように。
うん……聞いた。確かに聞いたけど。それとこれとは今は関係がないように思う。
「今さら、契約を破ることなど許しません。……だからといって神殿に頼ろうなどと考えるのはおやめなさい。……それこそ、身の破滅ですよ」
「……? あの? ヴィーリア、ちょっと……?」
「忘れているというのなら……思い出しなさい」
腕がわたしの肩に回された。そのまま強く引かれて胸の中に収まる。髪の中に入りこんだ指に左耳を強く引っ張られた。
「痛い!」
引っ張られた痛さのせいもあったが、同時に刻印された魔法陣にも触れられて、瞬間的に焼けつくような熱さを感じ思わず声を上げた。ものが燃えるような焦げた匂いが微かに鼻の奥に届く。
まさか、皮膚か髪の毛が燃えたの?
ヴィーリアの胸を力いっぱい押して逃れようとするが、いつものことで力ではとうてい敵わない。それになにか誤解しているみたいだ。
指は左耳に触れられたままで、もう焼けつくような熱さではないが熱はまだ続いている。
長い指がわたしの顎を持ち上げた。白銀色の髪の毛がさらさらと頬にかかる。深い紫色の瞳は微かな光を帯びたまま。
これは……!
わたしは逃れるために首を思いっきりひねって横を向く。
両の手のひらを突き出してヴィーリアの唇を阻止した。
「ちょっと! 落ち着いて! 話を聴いて!」
ヴィーリアが顎から指を離した。わたしの両手首をまとめて掴んで下ろす。
「なんの話を聴けというのですか?」
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