【第35話】 推測 1




 ヴィーリアに抱えられて転移魔術で部屋に戻ってくる。素早く指を鳴らすと、温かい紅茶を淹れてくれた。肩にかけられた上着の上に、さらにガウンも羽織らせてくれる。


 震える両手で白い湯気がのぼるカップを包むようにして暖をとる。暖炉に火を入れていないのに部屋の空気が暖かい。室温も上げてくれたようだ。消したはずのランプも灯っていた。


 胸の激しい鼓動も治まりかけていた。気が付くと寒さと混乱で細かく震えていた指先にも感覚が戻ってきている。足の痺れもなくなっていた。


 「落ち着きましたか?」


 部屋に戻るなりテキパキとわたしの世話を焼き、当然のように隣に座っていたヴィーリアは、わたしの顔をのぞき込むと肯いてみせた。


 「……唇の色も戻りましたね」


 「……ありがとう。もう、大丈夫」


 芯まで冷えきっていた身体は震えも止まって温まり始めている。だけど……。庭での出来事を頭の中ではまだ整理できていない。


 「……ところで、貴女に申し上げたことを覚えていますか?」


 ヴィーリアは足を組んで膝の上に肘をつく。紫の瞳が胡乱うろんな色をはらんで強くわたしを捕えた。


 「ええと、いろいろと言われているから……どのこと? なんて……」


 『なるべく一人で行動しない』『周囲に注意を払う』『危険を感じたら、もしくはおかしいと感じたらすぐにヴィーリアを呼ぶ』。まとめると、こういうことになるわたしの行動指針三ヶ条は、司祭様の話になるといつもヴィーリアに言われてきたことだ。念のためにと歓迎会が始まる前にも改めて確認されていた。


 もちろん忘れてなどいない。念のためにと確認をされたのはほんの二時間ほど前のことだ。さすがにヴィーリアの視線が痛い。引きつりながらも笑って誤魔化そうとすると、大きなため息をつかれた。


 「ミュシャ。口で言っても解りませんか?」


 口で言って解らないならどうやって解らせようとするのか。うっかり、「はい」とでも返事をしようものなら魔術でどうにかするとでもいうのか。嫌な予感しかしない。うっすらと口角が上がっているのも余計に怖い。


 「いや、大丈夫。解る。解ります。ええと……ごめんなさい」


 事情はどうであれ約束を守らなかったのはやはり、わたしが悪い。そう思って頭を下げた。


 「まったく……。貴女という人は……」


 「心配かけて……ごめんなさい」


 「……」


 頭の上から今度は小さくため息が聞こえた。 


 「……それでどうなりました?」


 「?」


 「貴女の妹が伯爵と会っていたのでしょう?」


 「え?! なんで知っているの?」


 「貴女は覗いていたのですよね」


 「……」



 庭でわたしがなにをしていたのかは、おおよその見当はつくと言っていた。確かにその通りなのだが、改めて言葉にされると本当に……うう、なにも言えない。


 「歓迎会の前にフェイが伯爵になにかの紙を渡していましたので」


 「そう……なのね」


 屋敷の仕事は皆で大まかに分担している。実際は手の空いている者がなんでもやるのだが、一応の役割分担としてフェイはシャール付きの侍女、ベルはわたし付きの侍女ということになっている。


 シャールがフェイに頼んだ……ということは、やはりあれは密会という秘密のやつだったのだ。


 「それで?」


 「……それでと言われても……なんていうか……」


 煮え切らない返答に怪訝な顔をしたヴィーリアに、シャールと伯爵の会話の内容を伝えた。見たことについては話さなかった。覗いていたわたしが言えることではないが、繊細な私事プライバシーは守りたい。


 「貴女の望みの中には伯爵と妹の破談も含まれていました。それならば丁度いい」


 「だって、それは知らなかったから……いや、知らないとは言えなかったけど。まさかそんなことだとは思っていなくて……。というか、ちょっと待って。いろいろと整理しながら落ち着いて考えてみたいの」


 わたしもまだ、混乱しているのだ。


 ヴィーリアを手で制する。

 集中するためにこめかみに指を充てて目を閉じた。聞いてしまったあの会話……直感はおそらく、そういうことだと告げている。しかし、きちんと整理して考えてみなければ。記憶の中にあるこれまでのいろいろな情報を掘り起こし、足りていない会話の欠片の部分を補ってみる、と。


 つまり……。


 五年前に伯爵が窮地きゅうちに陥ったリモール領に手を差し伸べたのは、隣接する領地の窮状をただただ見過ごせなかったからだった。そしてあるとき、お父様との会議で屋敷を訪れた伯爵はシャールに一目惚れをした。しかし、シャールにまともに求婚の申し入れをしても、父親である男爵の許しを得られないと思った。なぜなら歳も離れている上に、伯爵に関する社交界の酷い噂があるせいだ。


 そこで考える。伯爵家は男爵家に融資をしている。それならば莫大な利子を請求して、到底返すことのできない借金を男爵家に背負わせればいいのだと。あくまでも借金の担保として領地の接収とシャールとの婚姻を要求する。そうすれば男爵家は伯爵からのシャールへの求婚は絶対に断ることができない。そうして返済の期限が切れるのを待ち、シャールとの婚姻が成立したら当初の取り決め通り、返済について改めて話し合いを設けようとしていた。


 伯爵の口から本当のことを聞くまでは推測にしかすぎないが、二人の会話を繋いでみると、こういうことじゃないかと思う。



 

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