【第28話】 秋の夜 2
『魔術師たり得る
『じゃあ、魔力を持っていれば、契約して誰でも魔術師になれるということ?』
『そういう訳でもないのです。血に宿る魔力というものは、基本的には生まれ持ったもの。魔力の質が悪くても、魔力量が少なすぎても契約はおろか我々を呼び出すことさえできません。我々が惹かれる魔力を持ち、一定の魔力量を保ち、なおかつ魔術師となることを望んだ者のみが魔術師と成り得ます。……しかし、魔力を宿した人間の数は多くない。それが魔術師の少ない理由の一環でしょう。それに……貴女が私と交わした契約による願いは、当代一の魔術師でも実現は難しいですよ』
『そう……なのね』
『アロフィス侯爵家は魔術師の血筋です。そう生まれる者が多い。正当な取引ですよ。私に協力している間は、使える魔術の制限を弛めています。喜んで応じましたよ。貴女が心配するようなことはなにもありません』
わたしに嘘はつけないと言ったから本当のことなのだろう。
誰も傷つくことがないのならば、それが一番いい。胸の奥につかえていたものがとれた気がした。
『納得しましたか? では次は? まだあるのでしょう?』
その前にとヴィーリアは指を鳴らした。
脚の低いテーブルの上に置かれたティーポットの口から白い湯気が上がった。いつの間にかわたしの分のティーカップも用意されている。
ヴィーリアは紅茶を注いでどうぞと言った。カップから立ち上る香りを吸い込むと、お茶を淹れるのはベルのほうが上手ですねと少し首を傾げた。
『前に……司祭様と接触できないって言っていたでしょ? 弾かれるって。具体的にどれくらいの距離で、どう弾かれるの?』
『そうですね……。その者の持っている力にもよりますが、半径一メートルといったところでしょうか。力と力の反発ですから……弾力のある空気の壁を想像してください。ゆっくりと当たれば押し返されるように感じるだけですが、勢いをつけて当たれば跳ばされます』
思っていたより激しいかもしれない。司祭様の周りでは走らないようにしよう。でもその前に、近づかないようにしなければ。
『司祭様とひと月以上も一緒なんて……大丈夫かしら?』
『貴女は
『司祭様のことはヴィーリアが不安にさせるようなことを言ったからじゃない』
昨日の午後の秋桜の平原を思い出してしまい顔が熱くなる。
いやいや、だめ! 平常心!
気持ちを落ち着けるために深い呼吸を繰り返した。ヴィーリアは組んだ足に肘をついて、面白いものを見つけたように眺めていた。
『伯爵のことは気にならないのですか?』
『それはお父様とお母様がうまくやってくれるわ』
気にならないわけがない。でも借金を返済できる
『神殿のほうは布教が目的で来るのですから、屋敷にずっと
そうだ。司祭様の巡礼の旅の目的のひとつは布教のため。町や村に布教活動と治療に出ていくことが多いだろう。屋敷に四六時中いるわけではない。屋敷にいるときはなるべくこちらが外に出るか、顔を合わせないようにすればいい。でも、司祭様が放っておいてくれないとは?
『どういうこと?』
ヴィーリアの口角が不敵に上がる。
『……貴女は私から離れなければいいということです』
指を鳴らす音がしたかと思うと、視界がくるりと回転してヴィーリアの膝の上にいた。
見える背景が瞬間的に変わった。先ほどまで目の前にいたヴィーリアに、今は両腕を腰に回されてしっかりと横向きで抱えられている。
――え?
『これ、転移魔術?』
『そうです』
『わたし……初めてよ?』
これが転移魔術……すごい!
物語や歴史書には出てくるが、体験したのは初めてだ! 一瞬で見る景色が変わる! なにこれ? すごい! 面白い!!
『気分はいかがですか?』
『楽しい! 最高よ!』
思わず興奮してしまった。ヴィーリアの膝の上だというのに、満面の笑みで答えていた。
「……!」
――しまった。
平常心を転移の途中でうっかりと、どこかに落としてきてしまった……。
気付いたときにはすでに後の祭りである。
『……まあ、問題はありません』
ぼそりとヴィーリアが呟いた。哂いながら顔を
『……哂わないでよ。だって……初めてなんだもの』
以前にもヴィーリアと地下室で同じような会話をした。あの時は、髪の毛が首筋に当たるのがくすぐったかった。変な声をあげたことを、どこからどう見ても絶世の美少女にしか見えないヴィーリアに哂われたことが恥ずかしかった。
失礼と言って哂うのを止めると、ヴィーリアは黒檀色の髪の中へと顔を埋めてきた。
『訊きたかったのは、気分が悪くはないかということです。転移は慣れないと
訊かれたのは感想ではなく、具合だったようだ。
『全然大丈夫よ。問題ないわ』
移動した場所に着地をしたときに多少の衝撃を感じたが、気になるようなものではなかった。移動先がヴィーリアの膝の上だったからかもしれない。
『そうですか』
髪の中に顔を埋めたまま、ヴィーリアはしばらく動かなかった。腰に手をしっかりと回され囲われているので、わたしも膝の上から動けない。
秋の夜は日に日に長くなっている。陽が沈んでしまうと空気もだんだんと冷えてくる。
……暖房代わりにされている? もしかして寒いのだろうか。寒いのであればもう少し厚手のガウンか毛布を用意してあげよう。
『ヴィーリア?』
あまりにも動かないので名前を呼んでみた。寒いの? と訊こうとしたときに、髪の上から左耳に唇が寄せられる。
『……ヴィーリア?』
今朝も依代はしっかりと徴収された。今日の分はもう間に合っているはずだ。緊張で身体が固まる。深夜は歯止めが利かなくなると言っていた。
『ミュシャ』
耳元からいつも以上にしっとりとした低い声で名前を呼ばれる。肩がびくりと跳ねた。
『神殿が私との契約についてなにか言ってきても相手にしないように。……でないと本当に取り返しがつかないことになりますよ』
囁かれた声色とは正反対な
△▽△▽△
*
△▽△▽△で囲んである箇所は回想です。
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