【第27話】 秋の夜 1
ベナルブ伯爵が司祭様を伴ってリモール領に訪れる日は、いよいよ明日に迫った。
この数日間、ブランドやベルたちは屋敷を磨き上げ、客間を整え、庭の手入れなどでくるくると回る
ケインは食材の調達や仕込みなどで、間食をしている暇もないほどだと笑っていた。
司祭様が滞在する間だけ、ケインの孫で町の食堂のコック見習いをしているルウェインが手伝いに来てくれることになった。
それでも十分に手が足りるとは言い難かった。仕事の合間をみてはベルたちを手伝い、厨房へと足を運んだ。そのたびに冷暗所に保管してある、ガラス瓶に詰めた柘榴の砂糖漬けを底の方からかき混ぜた。溶け残った砂糖をシロップへと溶かし込んだ。
以前に仕込んだ時に残ってしまった柘榴も、ケインが砂糖漬けにしておいてくれた。透明感があり深い紫色になったシロップは、ヴィーリアの瞳の色そのもののようで美しかった。
△▽△▽△
お父様たちが屋敷に戻って皆に報告を行い、わたしとシャールが執務室へと呼ばれたその日の夜、ヴィーリアの滞在している客間を訪ねた。ノックをするとすぐに、どうぞと返事があった。
『貴女が私を訪ねてここへ来るのは初めてですね』
ヴィーリアはソファに腰をかけ、長い足を組んでいた。ゆったりとした厚手のシャツの上に光沢のある黒いガウンを羽織り、スラックスというくつろいだ格好で本を読んでいた。白銀色の髪がしっとりとまとまっている。お湯を使った後のようだった。
『訊きたいことがあって』
開いていた本をぱたんと閉じる。
『どうぞ』
優雅に微笑んだヴィーリアは、隣に座るようにわたしを促した。しかし、警戒をしながら向かいのソファに腰を下ろす。
『さて、なにを知りたいのですか?』
『ヴィーリアは、何年か前に認知されたアロフィス侯爵家の庶子で次男って言ってたでしょ?』
『それが、なにか?』
『勝手に騙っていたわけじゃないの?』
『騙るなどとは人聞きの悪い』
ヴィーリアは小さく鼻を鳴らした。
『ヴィーリアの仲介でアロフィス侯爵家が全面的にライトフィールドの事業に協力してくれるっていう話だけど……本当に次男になったの?』
『私は紛れもなく庶子で次男ですよ。……今はね』
唇の端が上がり愉快そうに笑った。
『貴女はそんなことを尋ねにきたのですか? 私はてっきり……』
『そんなこと、じゃないわ……それに、それだけじゃない』
騙っているだけならただの詐欺師だ。しかし、本当に認知された庶子で次男という肩書を創ってしまったのなら、わたしの願いはアロフィス侯爵家の皆様にも多大なるご迷惑をかけることになってしまったのだ。侯爵様の信用にも関わる複雑な問題になる。
庶子というのは、当主が奥様以外の女性ともうけた子どものこと。
侯爵様が認知したということは、正式に侯爵家の一員となったということでもある。
『……だから、アロフィス侯爵家の皆様にご迷惑をお掛けするわけにはいかない』
『貴女は本当に……』
ヴィーリアはため息をついた。
『ことが上手く運ばないと貴女の願いは叶いません。それなのによく他人の心配ができますね』
『自分だけ良ければいいという考え方は……怖いわ』
世の中がそのような考え方をする人たちばかりだったら、わたしはミュシャ・ライトフィールドとして、この場所で生きてはいなかっただろう。施設で育ったかもしれないし、今、生きてさえいなかったかもしれない。莫大な借金を背負ったライトフィールド男爵家だって、残ってくれたブランドたちがいなければ早々に立ち行かなくなっていたはずだ。
人は皆、多かれ少なかれ支えられて生きている。支えられることばかりのわたしが自分さえ良ければいいなんて……絶対にだめだ。
『綺麗ごとですね』
ヴィーリアが興ざめしたように紫色の瞳を眇める。
『
『……』
どう思われてもいい。これは譲れない。
紫色の瞳をじっと見つめ返した。
『……安心なさい。貴女の心配は
ヴィーリアは言い争うつもりはないというように両手を上げる。
『本当に?』
『私は貴女に嘘はつけません。……ところで、貴女は魔術師についてはどの程度知っていますか?』
黙って首を横に振る。魔術師はその名の通り魔術が使える。知っているのはそれだけだ。
『そうですか。……魔術師となる者は、血の中に宿る魔力を依代として我々と契約します。依代と対価は魔力、報酬は魔術です。ここまではわかりますか?』
『なんとなく』
わたしがヴィーリアを召喚した依代は血液だった。
魔術師は血液の代わりに、血に宿る魔力が依代になるようだ。わたしの願いの対価は魂だが魔術師は対価も血に宿る魔力。願いの代わりに、魔術師は報酬として魔術を受け取るということでよいのだろうか?
『簡単に説明するとそういうことです』
ひとつ疑問が浮かんだ。
『“人の理の外の者”とは……魂以外の対価でも契約は出来るの?』
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