【第20話】 甘く薫る 1
「だから、つまり……呼ばれた気がしたって、そういうことよね? どうなってるの? 昨夜は……明日には元にもどるって言ってたじゃない?」
とりあえず資料をテーブルに揃えてから、ヴィーリアを向かいの椅子に座らせる。もう夜も更けているので声をひそめた。
「もどるでしょうとは言いましたが、断言はしていません」
長い足を組み、ヴィーリアは片眉を上げた。紫色の瞳を細めながら平然と言ってのける。
くっ! この○▲□!
おっと、いけない、いけない。これは禁句だった。
だけど、だけど、だけど! わたしの思考や感情が目の粗いざるのようにそのまま筒抜けなんて、そんなの嫌! 絶対に嫌!!
「案外便利だと思いませんか? 先ほどだって……」
「思わない」
「……昨夜だって、貴女はそのおかげで私の腕の中で、それはもう安らかにおやすみになりましたよね?」
「それはそうだけど……感謝はしているけど……それは雷のせいで……それに、言い方」
ちょっと、昨夜のことは思い出させないでほしい。確かにヴィーリアがずっと傍にいてくれたから夜を越えられた。でも、あんなに恥ずかしい思いはもう二度としたくない。
わたしは事もなげにしれっとしていたヴィーリアとは違う。ここは絶対に譲れない。
「……」
「なによ?」
ヴィーリアは白銀色の長い前髪を耳にかけて頬杖をついた。
「お互い様だとも言いましたよね。私の思考も貴女に伝わるのですよ?」
「だけど、そんなの、いい匂いがするだけじゃない……」
ヴィーリアの思考や情動は人間には捉えられない。香りとして伝わると説明していた。より強いそれは、より濃厚な香りとして感じると。
だけどそれはずるいでしょ? 甘くていい香りがするだけなら、わたしだってあんなにも恥ずかしい思いはしなくて済んだ。
でも、わたしからヴィーリアに伝わることは違う。香りなんかじゃない。あんなことや、そんなことなど、言葉には出しづらい思考や、説明もできないような感情も、いろいろと直接伝わってしまう。もしかしたら昨夜よりも恥ずかしいことになるかもしれない。
そうなったら……悲惨過ぎる。考えただけでも恐ろしい。自然と元にもどるまで待ってはいられない。今すぐにでも、どうにかなんとかしてほしい。
「貴女は私のものなのですから。気にすることでは……」
「気にします!」
ヴィーリアの言葉を遮る。
「いずれはそうかもしれないけど、今はまだ違うでしょ?」
「……頑固ですね」
「ねぇ、今すぐに元にもどして? ヴィーリアなら、ほら、ぱちんって。ね?」
指を鳴らす仕草を真似てみた。
「……」
ヴィーリアは上目でわたしを見つめたまま、なにかを考えているようだ。
「お願い。ヴィーリア」
胸の前で両手を組んで目をつむる。
「……そんなにしおらしくお願いされても大変恐縮なのですが。……貴女の魂は非常に私と合うようです」
うん。昨日、それは聴いた。
「惹かれる力が強すぎたのでしょう。魂の一部分が溶け合ってしまった可能性が高いのです」
なにか、嫌な予感をひしひしと感じる。
「……それで?」
「一時的な混線ではないということです」
「……つまり?」
「部分的に融合されてしまったようですね」
「……だから?」
「諦めてください」
それはそれは優雅に微笑んだヴィーリア。
その言葉が真っ白になった頭の中で、やまびこのように何度も何度も反響する。
「……いや? 本当にちょっとなにを言っているのかわからないんだけど?」
「……」
「あの? なにか方法があるでしょう?」
ヴィーリアは頬杖をつき、無言で静かにわたしを見つめている。
「お願いよ。ヴィーリアだったらできるでしょう? なにか解決策があるわよね?」
諦めてください、なんて言われたって諦められるわけがない。乙女などという柄でもないが一応、一九歳のうら若き乙女の羞恥心がかかっているのだ。必死に食い下がる。もはや懇願といってもいい。
お願い! どうにかできると言って!
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