【第13話】 炭鉱の鉱石 2
お父様たちが執務室にこもった翌日、お父様とお母様は炭鉱へと出発した。
最短でも一週間は帰れないからと、恐縮しながらもお父様は、ヴィーリアに自分たちが留守の間のわたしたち姉妹の守りを頼んでいた。
炭鉱から出た鉱石の正体については結果待ちになると教えてくれた。鑑定士の精査が必要ということだった。
ヴィーリアは湖で無花果を収穫したときに、わたしから依代を採取して以来、まだ陽が昇らない朝の早い時間に部屋を訪れては左耳の魔法陣に口づけた。
いつの間にか部屋にいて、わたしが寝ていてもおかまいなしで寝台に上がり込む。そして冷たい唇と舌で耳を食む。
寝台のきしみと、左耳の熱と疼きでさすがに目が覚める。
ぼんやりと目を開けると、ヴィーリアの人形のように端正な顔がすぐそこにある。それと同時に、左耳の魔法陣から広がる熱と疼きを知覚する。
……もうね、毎朝やめてほしい。心臓に悪すぎる。もしかして魂の回収を早めるための作戦なのかとさえ思う。目覚めてすぐの心臓には負担が大きい。せめて目覚めは穏やかなものを希望したい。
例えば可愛らしい小鳥のさえずりや、焼きたての、小麦の香りが芳ばしいパンの匂いなら文句はない。
早朝から起こされて、へんに目が冴えてしまってもまだ外は暗い。鼓動の速い心臓を落ち着かせてから二度寝をすると、今度は陽が昇っても起きられない。なんという悪循環だろうか。
依代の徴収は早朝ではなく、せめて寝る前にと頼んでみたが拒否された。
深夜だと歯止めがきかなくなるかもしれないと、小さく呟かれてぞっとする。
依代としての血液を吸われ過ぎたら貧血どころか死んでしまう。そのままヴィーリアに魂を連れて行かれるのは……まだ、嫌だ。
仕方がないので、
だけど……あんな起こされ方をされては、このままでも確実に寿命が縮まりそうな予感を否めない。
*
一週間が過ぎてもお父様とお母様は戻らなかった。
屋敷に戻ってくる予定だった日の夕方に、滞在日程がしばらく延びるという知らせが届いた。
帰ったら良い報告ができそうだと、手紙には書かれていた。
*
今朝から空は厚い雲の層に覆われていた。
ところどころに黒い雲が湧き上がっては、あっという間に形を変えて流れてゆく。空の上は風が速いようだ。空気は湿り気を含んでいて、雨の匂いがする。まだ降ってはいなかったが直に降り出すだろう。
ヴィーリアとわたしとシャールで昼食を終えた後、図書室で資料を探しながら書類の確認作業をしていた。
ヴィーリアはわたしの向かいで優雅に紅茶を楽しんでいる。山間部で初夏の頃に採れたリモール産の紅茶だ。
シャールは雨が降って実が落ちてしまう前に、ベルたちと湖畔の森へ無花果や
窓際でも室内は
書類を捲る手を止めて、テーブルの横の窓から外を眺める。
「……ねぇ。魂を連れて行ってどうするの?」
「気になりますか?」
ヴィーリアは紅茶のカップを置く。
長い前髪を斜めに分けて耳にかけていた。その前髪の隙間から、ランプの灯りに揺らめいた深い紫色の瞳が見える。
「それはまあ、ね」
なにも知らないのと、少しでも情報があるのとでは雲泥の差がある。不安の度合いも、覚悟のほども違うというものだ。
「……魂の扱いは手に入れた者によってさまざまです。収集する者や己の力の一部とする者、
「……ヴィーリアは?」
「今、知りたいですか?」
瞳がさらに濃い紫色へと変わっていく。黒と見紛うような深い深い紫色だ。
どこからともなく重厚で甘い香りが漂ってくる。明らかに紅茶の香りではない。濃密なこの甘い香りの中でヴィーリアの瞳に見つめられると、くらりとした
身体の内側を柔らかい生温かいなにかが這うような、あの感覚がくる。魔法陣に口づけられるときよりも、もっと鮮明で強烈だ。
身体は重く沈み、ここにあるのに意識だけはどこかへ飛んでいく。
自分という意識が細かく千切れて、白く光る霞がかかって、それでも意識は連続していて、その
不思議と恐ろしさや気味の悪さはない。ヴィーリアの気配をいつもよりも濃く、強く、感じていたからだろうか。
「ミュシャ」
ヴィーリアの声が心地よく鼓膜を震わせた。はっと図書室に引き戻される。
「あ……? わたし、今……?」
甘い香りはもうしなかった。ヴィーリアは頬杖をついて目を細めている。
「どうですか?」
「どうっていうのは……?」
「確かめるために……貴女の魂にほんの少しだけ触れました」
「――!?」
いや、さらりと言うけど。魂って
……もしかしてあの感覚って、まさかそういうこと?
「なにか不快でしたか?」
「……ううん」
どちらかというと恍惚とした安心感さえ覚えたが、それは言葉にするのはためらわれた。
「そうでしょうね。そもそも魂が合わなければ、私たちは
「……そうなの?」
あの
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