【第5話】 人の理の外のもの 1
ということは。
ということは……。
ということは…………!
一応、成功? したの? わたしの願い、叶えてもらえるの?
「は、ははは……」
身体中から一気に力が抜け、床にへたり込んだ。安堵のあまり腰にも足にも力が入らない。まさか夢じゃないよね? 今さら夢とかいわないよね?
「お嬢さん。どうかしましたか?」
座り込んでしまったわたしに、ソレが手を貸して引き上げてくれる。やっぱり冷たい。腕は細い割には筋肉質だ。
「……召喚は成功したのね? あなたがわたしの望みを叶えてくれる、悪魔なのね?」
「……」
「あの……早速、お願いしたいことがあるの」
ソレに掴まれている腕からは、総毛立つような禍々しさが悪寒として伝わってくる。しかし我ながら現金なもので、願いを叶えてくれる救世主だと分かった途端に、あまり気にもならなくなる。
これで、これでもうシャールが借金の
「なんなりと。……ですが、その前にひとつ」
「なにかしら?」
「私を“悪魔”と呼ぶのはやめていただきたい」
ソレが無邪気そうに、優雅に美しく微笑む。薄暗い地下室に美しい花が咲いたようだ。まさに、こぼれるような微笑みだった。しかし、その微笑みとは裏腹にとてつもない悪寒が背中を駆けた。
「
「それは人間たちが勝手にそう呼んでいるだけのこと。我々は人間の
「……そうなの? わかったわ」
冷たい汗がたらりと背中を伝った。本当はなにもわかってなどいないが、もっともらしく
では、なんと呼べばいいのだろう。……そもそも人間の理の外ってなんなの?
「私のことはどうぞヴィーリアと呼んでください」
「わかったわ。わたしはミュシャ。ミュシャ・ライトフィールド。ライトフィールド男爵家の一応、長女よ。よろしくね」
ソレが自ら名乗ってくれたことにほっとしながら、改めてヴィーリアに手を差し出して握手を求める。
ヴィーリアは紫色の瞳でじっとその手を見つめた。ナイフの傷のない右手を出したのだが、またいきなり指を舐められたら対処に困る。警戒はしておく。
少しの
「……ところでミュシャ。契約の依代と対価については十分に理解していますか?」
「知っているわ。ヴィーリアを召喚するための依代はわたしの血でしょ? 願い事の対価は……わたしの魂」
深紫色の瞳がきらりと光る。
「そうです。依代は貴女の血です。それはこの世界にわたしを繋ぎ留めておくために必要なものです。そして願い事は一つだけ。願い事の対価は、貴女の魂……」
わたしの反応を探るように、言葉を区切る。大丈夫。もとよりそのつもりだった。
「わかっているわ。その代わりに絶対に願いは叶えてもらう」
「……契約が成され、願いが成就した暁には、我々が対価をどう回収するかはご存じですか?」
「それは……知らないわ」
そこは確かに気にはなっていたのだが、残念ながら
「貴女の命の炎が尽きたあと、私がお迎えに上がります。……ミュシャの魂は永遠に私の所有となります。人の輪廻の理からは外れて」
紫色の瞳はわたしをうっとりと見つめて、なぜだか一層艶を帯びた。
……人の理の外ってそういう意味だったのね。
人は儚くなったら生まれ変わると、幼いころに
ヴィーリアに願うのは、大切な家族と男爵家を支えてくれている人たちの幸せと安泰。その結果、領地とそこに暮らす人々の暮らしと、幸せと平穏を守ることができる。それを叶えてくれるのならばかまわない。来世はないかもしれないが、今世でそれを見届けることができるのならばそれでいい。永遠などという時間も、ヴィーリアに囚われた魂がどうなるのかもわからないが、それでもいい。
ああ、でも……生まれ変わったお父様、お母様、シャールとは会うことはできなくなるのね。
「……まあ、でも、寿命が尽きるまでは自由に生きられるのでしょ?」
願いが叶えられたら、即時に魂を回収されないだけでも儲けものだろう。
それにしても……人間の魂というのはヴィーリアたちにとって、対価に成り得るほどの価値があるものなのだろうか?
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