【第4話】 召喚 2
ぞっとした。
慌てて手を引いたが、ソレにつかまれた腕はびくとも動かない。見かけはわたしと同じくらいの身長の細身の少女だ。年齢も下に見える。でも、つかまれた腕は動かすことができない。
「放してよ……」
情けないことに声が震えてしまった。
この計画は、窮地に陥り破産寸前、没落寸前の我が家の、どうにもならなくなった財政状況を立て直すために計画したことだった。拾い子のわたしをこれまで育ててもらった、せめてもの恩返しだ。
もし成功したならば借金をすべて返済し、できることなら家族や屋敷で働いてくれている者たちがこれからも生活には困らないようにお願いして、わたしだけが対価を支払えばいいと思っていた。
だけど、今、この計画が――
「……うっ」
感情が高ぶって思わずしゃくりあげてしまう。ソレはぎょっとしたように驚いて、口からわたしの指を離した。
「痛いのですか? 優しく舐めたつもりですが……」
「優しくもなにも、初対面の人に普通はそんなことはしないからっ! ……初対面じゃなくてもしないし」
不覚にも目から汗がこぼれる。そう、これは汗である。
「……もったいない」
「はぁ? なにがもったいない……」
ソレはおもむろにわたしの顎に手をかけた。顔を近づけ、冷たい舌で唇の縁をつうっと舐めた。そのまま頬を伝う目からの汗もぺろりと舐めとる。
「……いやああああああ!」
有り得ない出来事に一瞬呆けてしまったが、我に返ると同時に渾身の力を込めて、ソレを突き飛ばしながら叫んだ。しかし、やはり先ほどと同様に、細身の少女の身体は微動だにしない。突き飛ばした反動でわたしの身体が後ろにのけ反った。
「気を付けてください」
ソレに腰を腕で囲われて、後ろによろめく寸でのところで支えられる。思わずありがとうと助けられたお礼を言ってしまいそうになり、でもこれはソレのせいなのだからと思い直して口を結ぶ。
「……手を離して」
ソレはにこりと微笑んでわたしの腰から手を離した。この機会にさっと後ずさり、ソレと距離を取る。あまりの出来事に汗なんかどこかに吹っ飛んでしまった。
「……質問に戻るわ。あなた、なに?」
「なに、とは心外です。お嬢さんが召喚したのでしょう?」
顎に指を置きソレは返答した。
わたしは床に落ちた
「わたしはまだ、召喚の呪文の詠唱すらしていないの。召喚される前に出てきたでしょ? だから、まだ、呼んでないんだけど……」
話の途中でソレがぷっと
「ちょっと! 人が真面目に話しているときに失礼でしょ?」
「ああ、申し訳ない。……その魔術書はかなり昔のものでは?」
ソレは仕切り直しだというように咳払いをすると、わたしの手から
最初から禍々しい寒気とは別に、なにか違和感があった。ここでその違和感の正体がはっきりした。
ソレの容姿は美しく儚げな少女なのだが、話す言葉と仕草は似つかわしくない。なんというか少女らしくないのだ。見た目が美しい少女の姿だからといって、そのまま見た目通りの少女だとは思わない。しかしそれでも、違和感が半端ない。
「かれこれ三百年ほど前に書かれたもののようですね。しかし……まだ、こんな古い魔術書で我々を召喚しようとする人間がいるとは」
「……?」
「お嬢さん。昔と比べて格段に進歩しているのですよ。魔法陣も簡素化されましたし、呪文の詠唱も必要ありません。依代と対価は非常に重要ですが……」
と、いうことは?
「さて、貴女は私になにを願うのでしょうか?」
紫色の瞳がきらりと光った。わたしを映したのちにソレは、恭しく
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