【第6話】 人の理の外のもの 2
ライトフィールド男爵家はリューシャ公国の建国当初からの貴族だ。
一応、由緒正しい貴族ではある。しかし歴代男爵から、現男爵であり父であるハリス・ライトフィールド男爵まで、人柄は良いが野心はなく、遣り手ではなかった。
公国の西の端、男爵領のこのリモールの地は、隣国との境を険しいリモール山脈とユーグル山脈に囲まれている。
この山が天然の要塞のようになっているため、リューシャ公国の東の辺境とは違い、国境線を守る大規模な軍隊も必要ではなかった。そのため軍事面を強化された辺境伯ではなく、穏やかな領主様として領民に親しまれている父でも、この領地を守ることができていた。
幸い自然には恵まれていた。山に囲まれた盆地には代々田畑を作り、果樹を植え、家畜を飼った。領民の生活は公都と比べれば
問題のないように思われたライトフィールド男爵家の領地経営だったが、五年前に異常気象に見舞われてから一気に傾いた。夏に大雨が続き、田畑の作物が育たなかった。太陽の恵みも受けられず、樹木にやっと咲いた花は実りの種をつけなかった。
収穫がなくなった領民のために税を免除し、備蓄してあった穀物を解放した。しかし、蓄えは無限ではない。ほどなくして底をついた。いよいよ家畜の飼料にも困るようになると、ベナルブ伯爵から援助の申し入れがあった。異常気象に襲われたのはライトフィールド男爵領のみで、大きな河を挟んで隣接するベナルブ伯爵領にはなにも被害をもたらさなかった。ライトフィールド男爵はありがたく申し入れを受けた。
ベナルブ伯爵家からの物資と資金の援助を受けて、なんとか領地が元の収穫高を上げられるようになったのは二年前だ。やっと元の生活水準を取り戻したと思った矢先、救いの手だと思っていたベナルブ伯爵家から莫大な利子をつけた督促状が届いた。
ライトフィールド男爵とベナルブ伯爵の当初の取り決めは、経営が軌道に乗ってから改めて返済と利子について話し合うということだった。しかし、一方的に督促状を送りつけたベナルブ伯爵は返済期間を二年間とした。それができなければ領地の接収と、ライトフィールド男爵の次女シャールとの婚姻を求めてきたのだ。
利子は借り入れ額の何倍にもなり、借り入れた金額と合わせると二年では到底返済できるものではなかった。家格が上の伯爵家と、公都で裁判を争っても勝てる見込みはない上に、裁判を起こす資金もない。社交界とは距離を置いていたライトフィールド男爵には、頼ることができる
それでも日々節約を重ねて返済してはいるが、その額は半分にも満たない。そして、その最終返済期限がいよいよ来月の末に迫っていた。
「ライトフィールド男爵家の借金を、利子も含めて全額ベナルブ伯爵に返せるようにしてほしいの。そうすれば、妹のシャールも伯爵に嫁がなくてもいいし、領地も手放さなくてすむわ」
「……貴女の願いはそれでいいのですか?」
「ええと、本当はね、もう少し欲を言うと……できたら、少し上乗せしてくれるとありがたいわ。そうしたら今まで我慢してくれた屋敷の皆や、領民にも報いることができるんだけど……」
「……」
ヴィーリアは黙り込んでしまった。欲張りすぎたのだろうか?
「あの? ヴィーリア? だめなら最初のお願いだけで」
「ミュシャ。貴女は自分のためには願わないのですか?」
「?」
どういうことだろう。この願いはわたしの恩返しなのだから、わたしのための願いだと思うけど。
「自分自身の欲望のために願いを使わないのかと
つまり、もっと綺麗になりたいとか、贅沢な暮らしがしたいとか、国を手に入れたいとかそういうことだろうか。
「そうです。人間は己の欲望に非常に忠実です。特に我々を召喚するような人間は」
「そうね……あまり考えた事はなかったかも。なにしろ、うちの財政状況をどうにかすることで頭の中がいっぱいだったから」
「……今からでも願えますが」
「ううん。わたしの願いは、言ったとおりのことよ」
もとの暮らしが戻るのならそれが一番いい。豪華なドレスや高価な装飾品にそこまで興味はないし、綺麗になったわたしなんてもう、わたしではないだろう。鏡を見るたびに驚くようになるのがおちだ。もっと贅沢な暮らしなども想像がつかない。それにだいたい、国なんか手に入れてどうしようというのか。気苦労が増えるだけだろうに。
ヴィーリアは怪訝な表情を浮かべた。それから、そうですか、変わった人ですね。と呟いた。
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