【第2話】 朔の夜 2
最初はなにも感じなかった。しかし徐々にぴりりと沁みるような鈍い痛みを覚える。ナイフをひいた線の上にじわりと、小さい赤い血の球が浮かび上がってくる。そのまましばらく指先を見ていた。
……なんだか思ったようには血は流れてこない。もっとこう、なんというか、指先からぽたぽたと滴り落ちる様子を想像していたけど……。
薬指の先の傷からは、ゆっくりとゆっくりと、赤い血が球になって滲んでくるだけ。依代となる血液を滴らせるように魔法陣に注ぐためには、もっと深くナイフで切らなければならないのか……。
「……いや、ムリ……」
思わず呟く。今でさえ、薬指の先にはじんじんとした痛痒いような感覚がある。これ以上に深く切るなんて。しかも自分で切るなんて、怖すぎてムリ。
仕方がないので左の手のひらを下に向けて、血が魔法陣に落ちるように大きく上下にぶんぶんと振ってみる。ほんの少量だが振り落とされた血液が魔法陣にかかる。
次は召喚呪文の詠唱だ。
腕の中の
いざ呪文を詠唱をしようとしたそのときに、足元に
「?」
足元を見廻すと、魔法陣からしゅうしゅうと音を立て、半透明な白い煙が立ち昇っている。
「……ん?」
なにこれ? こんなこと
慌てて
この計画を決めてから不備があってはいけないと、
半透明の白い靄だか煙だかよくわからないものは、次から次へもくもくと魔法陣から湧いて出てきた。もうすでに腰から下は白く覆われてしまった。この調子で湧き続ければすぐに地下室いっぱいに充満してしまうだろう。
そのうちに靄なのか煙なのかわからないものは、突然にきらきらと光りだした。
白い色の中に金色、虹色、白銀色のきらきらとした光の粒子が混ざりだす。魔法陣から次々に湧き出してくるその様子は、まるで光の洪水だった。
やがてそれらの光は一箇所に集まってゆく。人型を
どうしよう? これはいわゆる失敗? わたし、逃げた方がいい? でも。逃げてどうする? どうにもならないでしょ!
魔法陣の中心で、不測の事態に為す術もなく……。
この世のものとも思えぬほどの美しい光の乱舞に
しばらくして金色、虹色、白銀色の光は、
天井から吊るされたランプは、きぃきぃと耳障りな音を立てて左右に揺れている。そのせいで地下室が不自然な角度で橙色の灯りに照らされていた。影が大きく揺れては、また元に戻ることを繰り返している。
その揺れる影に照らされたモノを茫然と見ていた。目の前には突如としてソレが現れた。きらきらとした美しい光の粒子が消えたあとに。
そう。そのときはまだどういう状況で、どうなっていたのかもわからなかった。だからやっぱり、ソレはまさしくソレとしか呼べなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます