第9話

シャーナが親元から離れてから、数日後のこと。




シャーナの母親はある古くから伝わる伝承を、鼻唄として口ずさんでいた。


『〜ある日の曇天の中に 一粒の希望が光っていた その希望の名前はシャーナ その少女は白龍を倒した〜 そして…自らは犠牲になり、エデンの夢は成就した……と』




シャーナの母親が本当にシャーナを行かせたくなかったのは、運命を変えるため。


シャーナが死ぬという運命を変えるため。


それは気が遠くなるほど昔から決まっていたこの世界のシナリオだ。




でも、それは我が子のために母親が足を止める理由にはならなかった。


母親はその歌詞に付け加えた。


『でも、私達は必ず貴女を助けに行くからね。シャーナ。私達がこの国を裏切るから。だから、貴方は生きて。エデンの夢は私達で終わらせるから。だから、安心して貴女は貴方の夢を叶えてね』




『そうだね。僕達でエデンの夢を阻止しよう』


その母親の背後には父親ケイン・ロビンソンがいた。


『?そうだね。ロビンソン』


『うん。エリー。僕達でやろう!やっとこれで僕達の悲願が…』


『悲願の為じゃない。娘の為よ。ロビンソン』


その父親は不器用な男だった。


『そうだね。ごめん』


『…ところで』


『…?』


『ロビンソン』


『うん。エリー』


『反乱軍は集まってるの?』


『……』


『希望のエデンシティーを敵に回すんだから、それなりの覚悟はいるよ』


『わかってる』


『貴方はもう救国の英雄ではいられない』


『わかってる』


『まあ、貴方には関係ないか』


『…?』


『貴方は誰?』


『僕は貴女の夫だよ』


『私の夫はこんなに魔力がない。何故なら、彼は剣術だけで英雄になった男だから。だから、貴方は誰?私の夫は…ケイン・ロビンソンはどこ?』




『…ククッ゙』


『クウハハハハ!!』


『正体を表したね。やはり、貴方は希望のエデンシティーからの刺客でしたか』


『ククッ゙!俺は魔物だからな!確かに、エデンシティーの住民はほとんど魔族か龍族しか住んでないからねえ!』


『そうですね』


『それに、もう一つの魔族の住処である魔界から攻撃される心配はないと!何故なら、魔王にとっては遠くの国の内乱など興味ないから…と!あんたは、今!そう思っているんだねえ!!』


『…?』


『でも、逆にこう考えてみないか?…もし、エデンシティーに魔王の血族がいるならって!!』


『ありえない…』




『つまり、こうだ!我らが魔王はこの国で起こる惨劇を利用して、新たな勢力圏をのばしているってことだ!!』




母親は絶句していた。


そして、最悪の未来を思い描いていた。


この魔物はその魔力量から見て分かる通り、なかなかの手誰だろう。


つまり、もしこの手練れによって既にケイン・ロビンソンが殺されているとしたら…


私は…この化物に勝てない。






それじゃ、反乱もうまく行かない。


本物の魔女も、この世界も、そして…最愛の娘も救えない。




そうやって、全てを失う恐怖でその場から動けなくなる母親に、その魔物は凶刃を振り上げた。


『じゃあな。偽の魔女。これで英雄の夫のもとへいけるじゃないか』


母親は戦慄して、その場から動けなかった。




『あと、言い忘れていたが、俺の能力は恐怖による支配だ。俺の眼を見た者は大抵恐怖で眉一つ動かせなくなるんだ。時が止まったみてえにな……お前の夫も、そんな感じだったぜ!』




汚い面したその魔物は醜くい声を出した。


驕り高ぶっていたのだ。


恐怖で支配する能力が強いだけで、戦闘力は大して高くないのに。


『いやあ!最高だぜ!格上に勝つ気分はよお!お前の夫もそうだったぜ!最初は威勢が良いのに、俺の眼を見た瞬間恐怖に支配されたから!首をギコギコして、簡単に首をはねれたぜ!ギャハハ!!』




そして、その魔物は遂にその凶刃は振り下ろそうとする。


『そんじゃあな。大丈夫。お前はまた娘に会える。魔王様の力でな…!』




その時だった。




その母親は笑った。


そして、呟いた。


『会いに行くからね』


『……必ず…!』


そして、その刹那…




その魔物は彼女の魔力の圧だけでグチャグチャになって死んだ。




それは救国の英雄を殺した魔物とは思えない程のあっさりとした最後だった。

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