第15話 泥棒猫

 庭を一望できる大きな窓がひときわ特徴の、太陽の光が溢れる部屋へ通された。

 テーブルセットと暖炉などリラックスできるスペースだけの二十畳をこえる大きな部屋が、どうやらイザベラ様の自室らしい。


「こちらへどうぞ」


 白いテーブルセットに案内され、イザベラ様の向かいの椅子へと腰を下ろす。

 目の前にはメイドが持ってきたティーセットが置かれ、イザベラ様の一言でメイド達が退出して二人きりになってしまった。


「桃のハーブティーよ。ハーブは採れたてのものを使っているの」

「いただきます」


 どう見ても高級品のティーカップを落とさないよう、指にしっかりと力を入れて持ち上げる。


「美味しいです」


 なんだか懐かしい味がする。外国の味より、日本で飲んでいたメーカーの紅茶の味に似ている。


「私はね、なんでも手に入れられるの」


 お互い無言のまま紅茶を飲み続けていたが、残りが半分ほど減るとイザベラ様が口を開いた。


「小さい頃から両親も友達も、欲しいものはなんでもくれた。大人になってもそう。欲しいものはいつでも手に入った。高価なものも、欲しいと思った人も」

「えっと……そうなんですね。羨ましいです」


 侯爵家なら欲しいものは大体手に入るのだろう。

 羨ましいことだが、イザベラ様の表情は険しい。


「欲しいものは人が持っているものでも手に入れた。当然よね。私が欲しいんだから」


 それこそ泥棒のようなものではないのか。批判的な目で見てしまうと、イザベラ様の目尻が上がる。


「でもどうしても手に入らなかったものがあるの。欲しくて堪らなくて、両親にも相談して手を回した。それでも手に入らなかった。ますます欲しくなった」


 マルバス様との仲を言っていたから、欲しいものというのはマルバス様のことだろうか。


「ある日突然、邪魔者がいなくなって、やっと手に入ると喜んだの。でもまた盗られた。人が欲しいものを盗るだなんて泥棒猫と呼ばれてもおかしくないと思わない?」


 邪魔者と言ったところで、イザベラ様の真っ赤な瞳が私を射抜く。


「マルバス様を盗んだ覚えはありません。失礼ながら私はマルバス様を存じ上げていませんでしたし、求婚もあちらから来たものです」

「知っているわ。でもいきなり、求婚されるなんておかしいと思わない?」

「思いました……」


 交流がないのに縁談を持ちかけられたことは、未だにマルバス様の口から話されていない。

 だから私も理由はわからない。

 

「理由がわかってないのね。原因は全てあなたが作ったのに、本人がなにも知らないなんておかしい」

 

 なにがそんなにおかしいのか、イザベラ様は声を上げて笑う。

 

「ねえ、異世界転生ってあると思う?」

「えっ?」


 イザベラ様が呟いた言葉に心臓の音が早くなる。

 この世界で異世界転生という言葉を聞いたことはない。色々な書物も読み漁ったが、異世界について書かれているものなどなかった。

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