第13話 ハリソン家

「カミラ、お願いがあるのですが」


 今日はマルバス様とのお茶会の日。

 残念ながら急遽仕事が入ったらしく、顔を一目見ただけで終わってしまった。

 まだお昼にもなっていない時間なので帰るのも勿体無く、私の対応をしてくれているカミラにずっと悩んでいたことを相談しようと思い立った。


「あらあら、どうしました?」

「家庭教師をしてくださる方を探しているのですが、どなたかご紹介いただける方はいませんか?」

 

 男爵家に生まれたからある程度の教養はある。しかし男爵家を出ていく計画をしていた私はあまり勉強を真面目に受けておらず、もしもブレイク家と婚姻を結ぶのであれば、もっと学ばなければいけないことはたくさんある。


「それならイーサンの姉はどうだ?」

「マルバス様!」


 隠れて家庭教師をつけようとしていたのに、早速本人にバレてしまった。

 カミラがお茶を用意するため部屋を出ていき、マルバス様は私の向かいにある小さな椅子へ腰を落とした。


「お仕事は大丈夫なんでしょうか?」

「ああ。明日やれば問題ない仕事だから放置してきた」


 もしかして私のために早く帰ってきてくれたのだろうか。勝手な妄想をして嬉しくて頬が緩む。


「侯爵家だから教養もあって、情報通だからきっと役に立つだろう。イーサンの姉は結婚準備中で実家に帰っていて暇をしていると聞いている。」


 侯爵家ということはマルバス様より爵位は上なはずだが、かなり上から目線だ。失礼に当たらないのかと心配していると、マルバス様は顔の前で手を振った。


「イーサンとは学友なんだ。だから公の場以外ではお互い砕けた関係でいる。私がこうやって接してることも本人は知ってるから安心してくれ」


 マルバス様がこんなにも知り合いの話をするのは珍しい。

 人見知りではないが、あまり人付き合いを好まないタイプなので、いままで職場以外の話を聞いたことがない。

 

「イーサン様というのはどちらのお家の方でしょうか?」


 イーサンという名前は漫画の中に登場させたことがない。自分の描いた世界に知らない人物がいるとは……。なにかのバグだろうか。


「ハリソン家だ。知らないか?」

「申し訳ありません。存じ上げませんでした」

「謝らなくていい。イーサンはいいやつだが、ヨウは関わらなくていい相手だ」


 マルバス様は私がハリソン家を知らないことになぜかホッとしている。

 

「私から連絡を取っておく」

「お忙しいマルバス様にそんな!」

「これくらいさせてくれ。その代わり、今日は夕方ごろまで一緒にお茶してくれないか?」

「ええ、もちろん」


 ちょうど湯気の立つポットを持ったカミラが戻ってきたので、私の分も淹れ直してもらって、美味しいクッキーを手にマルバス様との時間を楽しむことにした。

 私の幼少期の話をしつつ、カミラも交えてマルバス様の幼少期の話もたくさん話せた。

 窓の外が茜色に染まるころには、お互いの最近の話まで知ることができた。少しでもマルバス様のことを知るたびに、心が温かくなる。

 ――今度会ったときはなぜ私に求婚してくれたのか聞いてみよう。

 その答えはマルバス様からではなく、最悪の形で知ることになってしまうことを私はまだ知らなかった。

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