第12話 二度目の目覚め

「失礼します」


 控えめなノックの音のあと入ってきたのは、メイド服の女性。

 最初に目を覚ましたとき親切にしてくれたあの女性だ。確か名前は――カミラ。マルベル様の乳母であり、いまではメイド長をしている。


「飲み物をお持ちしました。起き上がれますか?」

「はい」


 水差しからコップへレモン水を注いでくれる。

 どうやら喉が渇いていたようで、一気に飲み干す。カミラさんは安心したように笑いながら、すぐに次の一杯を注いでくれた。


「お加減はいかがでしょうか?」

「たくさん寝たおかげか問題はありません」

「一度目を覚まされたとき、うるさくして申し訳ありませんでした。あれから三日間が覚めなかったので、心配で心配で」


 カミラさんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「そんな! カミラさんやマルバス様のせいではありません」

「ヨウ様は本当にお優しい方ですね。それと私は使用人ですので、呼び捨てでお願いしますね」

「あ、間違えました。えっと、カミラ。ありがとう」


 マルバス様の母のような彼女は、私に対しても優しく接してくれている。

 いつも明るいカミラをここまで落ち込ませてしまったことが申し訳ない。


「入ってもいいか?」


 控えめなノック音がしたあと、マルバス様の緊張した声が聞こえた。


「どうぞ」

「入るぞ」


 あんなにも距離近く接してきたのに、ベッドの近くには寄ってこない。

 

「……」

「……」


 一回目に目が覚めたときも、二回目に目が覚めたときも、あんなに距離感が近かったのに、別人のように静かにしている。

 私のこともなるべく見ないようにしているのか、天井を見ているだけで一言も話さない。

 

「マルバス様。子供じゃありませんのに、拗ねた顔をなさらないでください」

「なっ……!?」

「確かに私は注意しました。一緒の部屋で過ごすことや、ヨウ様が目覚めて嬉しいからといって、主人自ら調理場に赴くなと」

「カミラ! ヨウの前でそんな話は……」

「あら、冷酷騎士と呼ばれるマルバス様ですが、すでにヨウ様には本性が知られてしまっていますし、正直になったらいかがです?」

「冷酷騎士というのは周りが勝手に言っているだけであって」


 氷のように表情が硬く、ほとんど感情が表に出ないのに、カミラと話しているときだけは幼く見える。

 会話が面白くてつい「ふふっ」と声に出して笑うと、二人とも会話を辞めてこちらを凝視した。


「ヨウ、いま笑ったか?」

「ええ。すみません。勝手にお二人の会話で笑ってしまって」


 令嬢としてはしたなかっただろうか。不安でいるとカミラが私の手を取って喜んだ。


「この屋敷に来てから、ヨウ様が笑うお姿を拝見してなかったので、嬉しくなってしまいました。マルバス様もですよね?」

「婚約は半ば無理矢理押し進めてしまっていたから、ヨウは負担を感じて表情がなくなってしまったと思っていた」


 私の表情はそんなに暗かったのだろうか。こんなにも親切にしてくれる二人に対して申し訳なくなる。


「えっと……。爵位も違いますし、面識がないなかでのお話しだったので緊張していたんだと思います。でもこれからは前向きに考えていきたいと思います」

「……それは!?」


 マルバス様が壁際から一気にベッドのところまで歩いてきた。

 カミラに止められなければ私の手を握っていただろう。


「まだ婚約を確約することはできません」

「そうか……」

「でもマルバス様のことをもっと知りたいと思っています」


 いきなりなにかが飛びついてきて、起こしていた上体がベッドへ戻る。


「嬉しいよ。ありがとう、ヨウ」


 耳元で聞こえる声には色気があり、耳元が熱を持つ。


「マルバス様、離しなさい! さすがに許されませんよ! 今度から二度とヨウ様とお部屋で二人っきりになるのは禁止します!」


 カミラが凄い力でマルバス様を引き剥がし、叫んだ言葉にマルバス様がオロオロしている。


「いまのは条件反射で……。今後は気をつける」

「今後はありません。さあ、お部屋から出て行ってくださいな」


 二人のやりとりにまた笑いが止められなくて、口元を抑える。

 

 確かに結婚には不安があるし、前世であんな失敗をしたから、世界が変わったからといって、すぐには結婚に希望は抱けない。

 でも転生したからにはこの人生も楽しもうと思えた。

 しかも私が書いたストーリーではヨウとマルバスは幸せに結婚して添い遂げる。未来が確約されているからこそ、きっと今回は大丈夫。前世の記憶には蓋をして、ヨウとして生まれ変わろう。

 窓の外には青い空が広がっていて、新しい門出を祝ってくれているようだった。

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