第4話 見てはいけないもの
「あー、酔った」
目の前がぐわんぐわん歪む。こんなに飲んだのは学生以来かもしれない。
私と同じくらい飲んだはずの三佳の顔色は変わらない。
「歩ける? タクシー呼ぼうよ」
「タクシーに乗れる余裕なんてない」
「危ないから私のためにもタクシー乗ってよ。お金は出すから。陽子は奢られるの苦手だし、また今度会ったときにでもタクシー代返してくれればいいから」
ここからならタクシー代は三千円内に収まるだろう。しかしそのお金があれば、勇くんに可愛いと言ってもらえるような何かを買いたい。
「大丈夫。ほら、真っ直ぐ歩けてるでしょ。電車に乗ったらすぐだから問題ないよ。ここらへんは明るいし治安もいいし。ほらほら、三佳は原稿あるんでしょ。早く帰って」
「変なところ頑固なんだから。じゃあ帰るけど、家に着いたら絶対連絡して」
「うん。すぐに連絡する。今日はありがとう。またね」
私と家が真逆な三佳は反対方面に歩き出す。
繁華街ということもあり、まだ人通りは多い。それに飲み始めたのが昼だから、賑わうのはこれからだ。
「あれ、あのふわふわの髪って田辺さんに似てるかも」
ミルクティーベージュというおしゃれな髪色と、大きく巻いた髪は田辺さんのトレードマークだ。歩くスピードに合わせて、髪先がふわふわ揺れていて可愛い。
「えっ、田辺さん!? 本物だ」
つい声が出てしまうと田辺さんが私の視線に気づいて振り返った。
「陽子さん。お久しぶりです」
会うのは久々だが、いつもより綺麗な格好をしている田辺さんは実年齢より若く見えた。
確かにこんなに可愛くて若いなら勇くんも好きになってしまうのかもしれない。いや、まだ浮気とは決まっていない。
「お久しぶりです。いつも主人がお世話になっております」
お酒の力のおかげで、少し強気に出てみた。
田辺さんは少し口角を引き攣らせたあと「こちらこそお世話になっています。お話したいところは山々なのですが、この後打ち合わせがありまして」と言って、スマホを取り出して少し後ずさるようにしている。
「菜摘! ここにいたんだ」
繁華街にも関わらず、その声は大きく響いたように聞こえた。毎日聞いているからこそ絶対に間違えない声。
三佳が撫でてくれたおかげで収まっていた吐き気が、お酒を飲む前より酷くなる。
「迷ったのかと思って駅まで迎えに行こうかなと思ってきちゃった」
「いさむさ、小畑先生。偶然お会いするなんてびっくりしました。私、打ち合わせがあって急いでいまして。ご挨拶もほどほどで大変失礼ですが、またメールさせていただきます」
「えっ、どうしたの? 今日は午後休取ったから一緒にご飯行って、次の旅行の計画立てる予定だったじゃん。ていうか、小畑先生じゃなくて、いつもみたいに勇呼びでいいのに。可愛いなあ」
私のいる位置はちょうど木の陰になっていて、存在に気づかれていないらしい。
気を抜くと何かが口から出そう。
「どうしたの? やっぱ今日はやめておく?」
田辺さんの顔色を確認しようと位置がズレたから私が視界に映ったようだ。
「ようちゃん!?」
田辺さんの頬に伸ばしかけた手が固まり、顔色がどんどん悪くなる。
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