第3話 この人、怖くないの?

 私の狸寝入りを見抜いた男の人が、ベッドの側に近寄って来るのが分かる。


 うわーん! 幼女メンタルには、こんな状況で恐怖を我慢するなんて難しすぎるよ〜!!


 けれども、彼の発した言葉は意外すぎるものだったのだ。


「目を開けろ。……安心しろ、怖がるな。別にお前さんを取って食おうって訳じゃないぜ」

「…………?」


 え、今なんて……?

 怖がるなって、本気で言ってるの……?


 部屋の調度品から受けた印象とは裏腹に、意外と砕けた話し方をする男性。

 私は半信半疑のまま、閉じていた目蓋を、ほんの少しだけ開く。

 薄目で恐るおそる確認すると、ベッドの横に白髪の男性が立っていた。顔はまだハッキリとは見えないけれど、この人が話し掛けてきたのは間違い無い。


「おいおい、そんなにビビることはねえだろ? お嬢ちゃん」

「ひゃあっ!?」


 言いながら、白髪の人はベッドから私を抱き上げたではないか。


「おー、やっぱり起きてやがったな。それにしても、子供ってのはこんなに軽いモンなのか」


 ……しかし、予想に反してその手付きは優しかった。

 ていうか、何だかこの感覚……覚えがあるような……?


 すると、白髪の男性は私を抱っこしたまま視線を合わせてくる。


「お嬢ちゃん、名前は何て言うんだ?」

「な、なまえ……」


 な、名乗っていいのかな? 相手は誘拐犯かもしれないのに……。

 だけど……このお兄さん、異様にお顔が整っていらっしゃるんだよね!

 何というか、ワイルドさと爽やかさを併せ持ったイケメンなのです。腕の感じからして、結構筋肉もありそう。

 少なくとも、この人は変態大金持ちおやじではなさそう……?


「あー……そうだな。まずは俺から名乗るのが礼儀ってヤツだ。俺はエディオン。エディって覚えてくれて良いぜ」

「エディ……しゃん?」

「うっ……!? お、おう。そうだぜ、エディさんだ」


 ん……?

 何か苦しそうにしてたけど、急にむせちゃったのかな?

 それはそれとして……このエディさん? って人、そんなに怖い人じゃなさそうなのかもしれない。

 なら、名前を言うくらいは良いかな……。

 でもでも、名前って私の名前で良いのかな? かと言って、この身体の持ち主の名前なんて分からないんだけどさ。


「……わ、わたちは、流歌っていいまちゅ」

「うぐっ……!? そ、そうか……ルカって言うんだな」


 んん……?

 エディさん、また何か辛そうな感じ……。

 もしかしてエディさん、持病とかあったりするのかな? それなら私を抱っこしてるの、辛かったりしないかな?


 何故だか出会ったばかりの知らない人を心配し始めてしまう自分の能天気さに呆れながら、私は思い切ってエディさんに質問をしてみる事にした。


「あの……エディしゃん」

「あ、ああ、何だ?」

「ここってどこなんでしゅか? それと、わたちを連れてきたのって、エディしゃんでしゅか?」


 まずは現在地の確認と、目の前の人物が何者なのかを知りたかった。

 もしもエディさんが信用出来る相手なら、元の身体に……は戻れないとしても、安全な場所で生活出来るように手助けをしてもらえないかと思ったからだ。

 いくら何でも、中身は大人でも身体は子供なのだから、頼れる人が居るなら心強いしね。


 エディさんはしばらく考えた様子を見せた後、口を開いた。


「……ここは、魔王ヴェルカズが統治する国の王宮だ。森で倒れていたお前を見付けて、俺がここへ運び込んだのさ」

「ま……おう……? 今、魔王っていいまちたか?」

「ああ、魔界で最も強く恐ろしい男──俺の長年の相棒、ヴェルカズの王国よ」


 ……えーっと。

 魔王って聞こえたのは、聞き間違いじゃなかったね。

 令和のこの時代、魔王なんてシューベルトかファンタジーぐらいでしか聞かない単語だ。

 そんでもって、今の私は金髪幼女。

 白髪イケメンに連れて来られたのは、こわーい魔王様が治める魔界の王国。


 ──これってやっぱり、異世界転生してますよね!? ねえ!?


 薄々そうなんじゃないかなー、とは予感してはいたけれど……。

 実際にそうだと判明してしまうと、異世界に来たワクワク感よりも、この先無事に生きていけるかという不安の方が大きかった。


 だって、私は無力な幼女なんだよ!?

 ……いや、森で気を失う直前、よく分からない光に包まれてたような気がするから、もしかしたら魔法とか使えちゃったりするのかもしれないけどさ!


 でもでも、この世界の事なんて右も左も分からないんだよ?

 おまけに、何だかヤバそうな魔王様の相棒がエディさんって……私、本当にこの世界でやっていけるの? めちゃくちゃ無謀なのでは?


「まあ、詳しい話は後にしようや」

「ふぇっ?」


 そう言って、エディさんはそっと私をベッドに座らせた。


「飯食ってないだろ? すぐに食事を運ばせてやるから、ここで良い子にして待ってろよ」

「あ、あい……」


 最後に彼はわしわしと私の頭を撫でてから、悪役っぽい──けれども格好良くて様になっている──笑みを浮かべて、部屋を出て行ったのだった。

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