元最強魔剣士に転生しちゃった。～仇を追って旅に出る～

第2話 異世界転生

　私は夢を見ていた。

　一人の男の結末（けつまつ）を。

　私は彼の様子を自分が経験しているかのように見ていたのだ。

　◇　◇　◇

　レーナス帝国は、ユーザリア大陸を支配しようとしていた。その鉄の爪は、周辺の小国を次々と引（ひ）き裂（さ）き、その領土を飲み込んでいった。

　その帝国の最強部隊、魔剣士隊の隊長にして、大陸最強の剣士と謳（うた）われる者がジンディオールである。

　彼は18歳という若さでその地位に就（つ）いた。灰色の長髪に整った顔立ち、そして鋭（するど）い眼光（がんこう）を持つ青年だった。

　彼は、『魔剣士：極（きわみ）』という能力を持っていた。それは、身体能力や魔力を飛躍的（ひやくてき）に高めたり、強力な剣技や異能を発動したりと、大陸でも類を見ない能力だった。

　ある日、彼の執務室（しつむしつ）に副隊長のフレイが訪れた。

　◇　魔剣士隊長　執務室　◇

「ジン隊長。失礼します。辺境の村レントへの遠征（えんせい）任務を完了しました。」

　フレイは白狐人（しろきつねびと）族の男性である。

　彼は、若き隊長ジンディオールが信頼できる相談相手であり、サポート役であり、友人でもあった。

「フレイ、ご苦労だった。隊員の功績を称（たたえ）えるために、明日は休暇を与える。」

「かしこまりました。では失礼します。ああ、忘れる所でした。もう一つご報告がありましたよ。」

「何か？」

「私は遠征先の村で『ブラックラズリ』を押収（おうしゅう）しましたよ。」

「ふむ…。聞いたことがある。たった一度限りだが、相手の能力を確実（かくじつ）に奪（うば）えるという宝石だな。」

「そうです。そして、私はその宝石を使って、あなたの能力を奪うつもりです。」

「なっ！？フレイ、冗談だろう？貴殿はずっと私の味方でだったではないか。」

「アハハハハ！それは違いますよ。私はあなたに敵（かな）わず、副隊長の座に甘（あま）んじてきただけなのです。だから、あなたのような劣等種（れっとうしゅ）のヒューマンなど、最初から敬（うやま）う気持ちなんてありませんよ。」

「くそっ…裏（うら）切（ぎ）られたか…。」

「『アビリティスティール！』ジンディオールの『魔剣士：極』を我が物に！！」

　フレイは『ブラックラズリ』を掲（かか）げると、一度しか使えない能力を惜（お）しげもなくジンディオールに向かって放った。

　世の中には他にも強力な能力があるだろうが、彼にとってはこの能力が最優先だったようだ。

　ブラックラズリから黒い靄（もや）のような物が飛び出すと、ジンディオールを包みこむ。

　しばらくすると、その靄は紫色に変化してフレイに取り込まれた。

　ブラックラズリは力を使い果たし、フレイの手の上で粉々（こなごな）に砕（くだ）け散（ち）っていた…。

　やがて、ジンディオールは体中から力が抜けていく感覚に襲われ、その反動で膝から崩（くず）れ落ちてしまった。

「やはり『ブラックラズリ』は壊（こわ）れましたか。ですが、これはすごい！力が溢（あふ）れてくる！！これが『魔剣士：極』の力ですか！身体能力や魔力が飛躍的（ひやくてき）に上がったのを感じますよ。」

「フレイ…貴様ぁぁ！！」　

「アハハ！あなたはもう用済みですよ！さようなら…ジン隊長！お世話になりました！！」

《グサッ！！》

　フレイは剣を構え、力が失われて抵抗できないジンディオールの胸を貫（つらぬ）いた。

　ジンディオールは血を吐きながら倒れた。

　彼の目に映るのは、フレイが歪（ゆが）んだ笑みを浮かべる顔だった。

　ジンディオールのポケットの中にある小さな石は、この時から真っ赤な光を放ち始めていた…。

　◇　◇　◇

　私は、ジンディオールの死を自分の出来事のように体験した所で目が覚めた。

(今までのことは夢なのか？夢にしてはリアル過ぎる感覚だった。しかし、ここはどこだ？あれ？身体が…動かない…。)

　私は幼女神（エルル）さまの計（はか）らいで、異世界に転生したはずだった。

　しかし、目覚めた先は真っ暗な暗闇の中だった…。

　声を出そうとしても、喉からはかすかな息音（そくおん）しか出せない。

　身体を動かそうとしても、筋肉は全く反応しなかった。

　今いる場所がどこなのか…。

　転生は本当に成功したのか…。

　何も分からないまま、不安と恐怖に包まれる。

(まさか…幼女神に騙（だま）されたのか！？)

　そんなことを考えていた矢先に、近くから男の声が聞こえてきた。

「フレイ副隊長、ジン隊長は本当に族に襲われたんですか？隊長のような強者に勝てる者がいるとはとても思えませんが…。」

「ええ、私も驚きましたよ。大陸最強と呼ばれた男が、まさかあんなふうに殺されるとは…。ああ、そうでした。私はもう副隊長ではありませんよ。ジン隊長が亡くなり、序列一位になりましたからね。これからは隊長と呼んで下さいね。」

「あ、はい！わかりました！フレイ隊長！」

「うーん。隊長ですか…。なかなかいい響きですねぇ。もう一度！もう一度言って頂けますか？」

「はい！フレイ隊長！よっ！最強の男！」

「はぁ～いいですねぇ。」

(ん！？何だこの声は…？そして、なんだかとても不愉快（ふゆかい）な会話だ。ああ、そうか…。フレイの声だったか。この裏（うら）切（き）り者めが！)

　私は自分の近くで話している声に反応した。

　不思議なことに、私は自分以外の人間の記憶（きおく）を持っているらしい。

　その記憶の持ち主は、ジンディオールという名の剣士で、仲間に裏切られて殺されたのだ。

　先程見たリアルな夢は、ジンディオールの死に関する記憶を辿（たど）っていたのかも知れない。

　だから私は、彼を殺したフレイの声を聞いた瞬間、ジンディオールが経験したかのような怒（いか）りと憎（にく）しみの感情を覚えたのだろう。

　とても不思議な感覚である。

「フレイ隊長、ジン隊長の遺体（いたい）は火葬（かそう）せず海に流すんですか？」

「ええ。そうですよ。彼は生前、万一（まんいち）死ぬようなことがあれば棺（ひつぎ）ごと大河に流して、海の底で眠りたいと言っていたんです。彼には多大（ただい）な恩（おん）がありますからねぇ。最後くらいは彼の望み通りにしてやりたいのです。あなたも手伝ってくれますね？」

「わかりました！お任せ下さい！」

「よろしい。では、このままライム大河へ向かいます。」

　二人の会話から察するに、私のこの身体はジンディオールのもので間違いなさそうだ。

　きっと、幼女神さまが彼の肉体を蘇（よみがえ）らせて、私の転生後の肉体として使ってくれたのだろう。

　私は棺の中に閉じ込められており、これから海に還（かえ）すべくライム大河へと運ばれてしまうらしいのだ。

(通（どお）りで真っ暗なわけだ。まさか、転生した直後に棺に入れられるとは…。火葬にされなくて助かったが、このまま河に流されたら溺（おぼ）れ死んでしまうぞ！)

　そうは思っていても声をあげるどころか、全身が硬直（こうちょく）しており、全く自由が効かなかった。

　恐らくはジンディオールが殺された後、幼女神さまによって蘇らせられたが、仮死状態（かしじょうたい）を維持することになったのだと推測（すいそく）できる。

　その理由としては、自分の身体が冷たくて感覚がないこと。

　心臓は鼓動（こどう）しているが、非常に弱くて遅いことが挙（あ）げられる。

　結局、私は何もできないまま棺とともにライム大河の河岸（かわぎし）に運ばれた。

　ジンディオールの部下たちが棺を取り囲んでいるようだ。

　最後の別れをするつもりらしい。

　棺が水面に浮かべられる。

　万一沈（しず）むようなことがあったらどうしようと思っていたが、杞憂（きゆう）だった。

　小さな揺れからだが、ぷかぷか浮いている感覚がある。

　そろそろ出棺の時間らしい。

「ヒューマンが隊長だとは、本当に最低だったぜ！」「ああ。あんなガキの下につくのは屈辱（くつじょく）だったぜ。」「ワハハ！お前らは正直者だな！」「おい！こんな時に…。」「はぁ？そういうお前も思ってただろ？」「まあな…。」「ジン隊長！ウウッ…。」「おい、リーナ！あんな奴の為に泣くんじゃねぇ！」

　驚くべきことに、彼の部下たちは次々と悪口を言い出した。

　どうやら殆（ほとん）どの部下たちは、誰も彼のことなど尊敬（そんけい）していなかったらしい。

　唯一（ゆいいつ）彼の死を悲しんでくれたのは、リーナだけのようである。

　そして、生前の彼を敬（うやま）っていたのも、リーナだけだったと記憶している。

　彼の記憶に存在する部下たちと、現実の部下たちの様子に大きな違いを感じてしまい、私はショックを受けた。

　それと同時に怒りに似た感情が沸（わ）き起こってきた。

　私は風吹迅（ふぶきじん）であるが、同時にジンディオールでもあることをこの時初めて自覚したのだ。

　木製の棺は、揺れ動きながら大河を海へ向かって流れていく。

　未だに身動きひとつ取れないまま、浸水（しんすい）することを恐れている。

　しかし、案外（あんがい）丈夫（じょうぶ）に作られているようで当面は問題なさそうだ。

　自分が今どこにいて、外がどのような状態になっているのかわからないまま、長い時間が過ぎていく。

　水や食料のことが心配になるが、現状必要としない身体のようで、喉の渇（かわ）きや空腹感に苦しむことは無かった。

(あれからどれくらい経っただろう？あの幼女神は何を考えてるんだ？転生早々に棺に入れられて死に直面するとは…。せめて特殊能力でも使えるようにして欲しかったなぁ。)

〘 あー！あー！マイクテスト！マイクテスト！ジン君聞こえる？〙

(その声はエルルさまですか！？何だか頭の中に声が響いています。)

〘あー。良かった！通じているね。これって『念話（ねんわ）』って能力なんだよ。今、君の脳に直接語りかけてるんだよ。〙

(それは理解しましたが、この状況は何とかなりませんか？このままではそのうち溺死（できし）しますよ。)

〘あー、ごめんねぇ。ボクもこんなことになるとは思わなかったんだよ。その棺は浸水（しんすい）したり沈（しず）んだりしないように手を加えたから安心して欲しい。しばらくは海を彷徨（さまよ）うだろうけど、いい人が君を助けてくれるだろうから心配しないでね！〙

(それなら安心しました。あの…。この世界を生き抜くために使えそうな優れた能力など頂けないでしょうか？)

〘 あー。前にもそんなこと言ってたね？適当に付与しておいたから。〙

(適当って…。)

〘アハハ！大丈夫だって！でもさ、ジンディオールの肉体や能力を引き継いだことは、とても幸運なことなんだよ。そうだね、今君に教えてもいい能力だと『インフォ』かなぁ。〙

(インフォ？ですか？インフォメーション？情報かな？)

〘 そうそう。結構賢（かしこ）いじゃん！インフォはね、自分だけでなく、色々な人だったり、物の情報なんかも見れちゃうから便利だよー！ただし、インフォも能力レベルが関係しているから重要な情報は、能力が足りないと見られない場合があるから気をつけてね！〙

(なるほど。便利そうですね。ありがとうございます。ほかには…。)

〘 コホンッ！ボクはそろそろ行かなくちゃね！じゃあ、君の人生に幸がありますように！〙

　どうやら女神さまは、あわてて交信（こうしん）を切ってしまったようだ。結局頂いたのは、インフォだけのようである。

(何かイマイチな能力だなぁ。まあ、貰えないよりはいいか…。そうだ！この状態でも使えるかな？)

『インフォ！』

　私は脳内でインフォの発動を試みる。

　目の前には、ゲームなどでありがちなステータスバーのようなものが展開していた。

(おお！凄い！出来ちゃったよ！えっと、なになに…。)

《基礎情報》

名前：ジン・ディオール・フブキ

ﾚﾍﾞﾙ ：1

性別：男性

年齢：18歳

種族：ハーフヒューマン

職業：無職

説明：風吹迅の魂がジンディオールに宿った転生体。かつては大陸最強の男と呼ばれていた。力の一部を失ったことや、一度死亡したことで弱体化している。しかし、女神エルルの加護を持ち、潜在能力は未知数である。父は竜人のイゴール、母はヒューマンのミナ。竜人とヒューマンの間にできたハーフヒューマンである。

《　スキル　》

剣術：レベル5

隠蔽：レベル2

インフォ：レベル1

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《　加護　》

女神エルル

(名前は、ジンディオールと風吹迅が合体している！？)

(やはり生前のジンディオールは、とても強かったみたいね。けれども、フレイに能力を奪われ上に、死亡したことで前より弱くなってしまったらしい。今はレベル1だし…。)

(あれ？幼女神の加護があるぞ？何だこりゃ…。まあ、考えてもしかたないか…。)

　私は、不本意（ふほんい）な形ではあったが異世界へと転生を果（は）たした。

　今は海のど真ん中…。

　本当の意味で安心はできない。

　これからどんな未来が待っているのだろうか…。