砦の騎士団(その5)

 誰も笑いはしなかったが、その場にいる騎士一同はベルナールの一挙一動にはじっと注視していた。


 騎士団の方でもふらり現れたこの季節外れの来訪者を訝しんでいるのは間違いのないところだったが、彼らがことさらに強く警戒していたのは、やはり老騎士の方だった。髪も髭も真っ白、相貌はしわだらけとはいえ、上背も肩幅もがっしりしていて、その両腕は木の幹のように太い。腰が曲がった様子もなく、ただ黙って立ち尽くしているその所作を見るだけでも、相応の手練れであろうことは見るものが見ればすぐに分かることだっただろう。この男が徒手空拳であってもひと暴れしようものなら、甲冑姿の騎士たちが剣を抜いて取り囲んだとして、簡単に取り押さえられるかどうかは正直あやしかった。


 そしてその連れだというジュディという女性……年の頃は二十代半ばから後半といったところか。荒野を渡る旅はただでさえ過酷だというのに、砂塵よけに薄手の外套一枚を羽織っただけ、そのような装束ではどう見ても心許なかった。

 細身の剣を腰に携えているほかは、腰に僅かに小さな物入れを下げているばかりで、他に荷物らしい荷物もない。言ってみればまるで馬車の日帰り旅のような軽装だった。


 そしてそれは隣の偉丈夫も同じだ。腰には相応に重そうな剣を下げてはいるが、連れの女性の分まで大荷物を抱えているというわけでももちろん無い。二人して山頂から砦までを律儀に徒歩で下ってきたのは確かとはいえ、ではこのカイエス山まで何日もかけて長い距離を歩き詰めてきたようにはとても見えない。二人とも涼しげに悠然と構えているのが、何とも不思議というか、ただただ奇妙であった。

 彼ら騎士団が軽口や冗談に反応もせずひたすらに不愛想なのは、そんな二人を強く警戒しているからに他なかったのだが、ジュディと名乗った女性はため息を一つつくと、困りはてたように眉尻を下げた。


「客として歓迎されている風ではないようね」

「歓迎すべきかどうかは、あなた方がどんな目的でこの砦にやってきたのかによる」

「厳密にいえば砦に用件があったわけではない。坂道を下ってきたら、たまたまこの場所に砦があったというだけ。……私たちは探し物をしているの。おそらくそれは、ここよりもさらに下層にある。なので、ここを黙って通過させてもらえればそれでかまわない」

「探し物」


 マイエル大尉はその一言をおおげさに復唱すると、ジュディを真正面からじろじろと眺め回し、わざとらしく髭をなでた。


「ギルドの連中のように、魔物の毛皮でも求めてきたという事かな?」

「毛皮? そんなものは別に欲しくない。……それよりも、あなた達も見たと思う。一昨日、この裂け目に落下した、流れ星を」


 その話に、集められた一同はざわついた。


 思わずあっと声を挙げそうになったのは、片隅で話を聞いていたルカだった。思わず声が漏れそうになって、慌てておのが口をふさぐ。騎士団の面々もうろんな眼差しでちらちらとルカの方を見やるが、そこで誰かがわざわざルカの名前を挙げて言及する事はなかった。

 マイエル大尉も、声をあげて笑ってみせる。


「これは異なことを。まるで子供の見る夢のような話をされるものだ」

「……誰も目撃していない?」

「何のことかさっぱり分からぬな」


 マイエル大尉の声色が、それまでの強い警戒を秘めた調子から、幾分かは見下すような侮蔑の色合いに変わったのがジュディにも分かった。

 彼女は他の騎士団の面々の態度を、ぐるり見回して確認する。


「……口裏を合わせて隠し事をしているという風でもなさそうね」


 そんな彼女の呟きも、誰も気に留めてもいない様子だった。流れ星、という話が出たところでマイエル大尉以外の者たちの態度も、あからさまに彼女を軽んじるような雰囲気に転じた事が窺い知れた。

 ジュディ自身、そんな男たちの態度の変化には辟易と言った様子で、わざとらしく咳ばらいをしてあらたまって問いただす。


「……私からも質問させてもらうけど、そもそもあなた達はどちらの所属の騎士団なのかしら。まさか自由都市の側ではないわよね?」

「我らは誇り高き王国軍の正騎士団である」

「ではマイエル大尉。王国の騎士団の、この場での長である貴方の権限で私たちのような旅人の往来を臨検し身柄を取り押さえるということは、少なくとも裂け目のこの砦までは王国の版図である、という事でよろしい?」

「いかにもその通り」

「では、その王国の版図を下々の者どもが自由に行き来するのに、その行動を制限しようというのはどのような法的根拠によるものなのかしら」


 ジュディのこの問いには、大尉もほほうと小さく感心の声を漏らした。とはいえ別にうろたえるでもなく、落ち着き払った様子で返答する。

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