砦の騎士団(その4)

 ずらり居並んで二人を取り囲む甲冑姿の騎士たちを見やって、ベルナールが低い声でジュディに告げる。


「否応なく営倉にでも放り込まれるのかと思ったが……もしかして晩餐会にでも招待してもらえたのかな?」


 彼女は何も返さなかったが、言ったベルナールの方も周囲に聴かれぬようにと必要以上に声を抑えたつもりも無かったのだろう。彼の軽口に、幾人かがじっと二人の方を睨むように振り仰いだが、直接何か苦言を呈そうというものはいなかった。


 二人が見ている前で、これは自警団の者たちであろうか平服姿の男たちが椅子やテーブルをそそくさと片付けていく。それらがすっかり片隅に追いやられると、ジュディもベルナールも広間の中央に立ち尽くす形となった。そのまま整然と居並ぶ騎士姿の男たちがぐるり取り囲むように二人を監視する形となって、迂闊に身動きもとれない。

 そんな有無を言わさぬ雰囲気の中、二人はあらためて、正面に立つ男に相対した。


「自己紹介させていただこう。私は、この〈裂け目〉砦と騎士団を預かるマイエル大尉と申す」


 取り囲む騎士たちが、その言葉に応じるように、踵を鳴らして簡易の礼をとる。


「暴れると手の付けられそうな大男と聞いていたのでな。こちらも手勢をそろえるためにこのような場所に案内させてもらった。残念だが諸君らを手厚く歓待する準備は出来てはおらん」

「……ここは礼拝堂?」


 ジュディが手短に問う。


「そうだ。ここで我ら騎士団は日々の祈りを捧げ、日々の糧を口にする。我らの普段の生活の場だよ」


 大尉は芝居がかったしぐさで両手を広げ、そのように場を指し示す。

 居並ぶ騎士たちは全部で十五名ほど、他に歩哨に立つなどしてこれで全員ではないのかもしれなかったが、甲冑姿でこれだけの人数が居並ぶのは確かに壮観ではあった。年の頃はいずれも若いもので三十代の前半と言ったところで、一人片隅に並び立つ紅一点のリディアだけが、見習いというだけあって少しばかり年若いが、これもベルナールが訝しんだように本来であれば見習いというような若年でもない。


 いずれにせよ、このような辺境の危険な前線砦に配属されている騎士の顔ぶれとしては、いずれも歴戦の古参ぞろいと言えた。身にまとった胸当てや手甲のたぐいはいずれも傷だらけで使い込まれていたが、丁寧に磨き上げられきちんと手入れされているのが窺い知れる。


 ジュディとベルナールがそうやって周囲の様子を物見高く眺めまわしている間に、マイエル大尉もざっとその場を見回して、そこに騎士団ではない少年たちの姿を見咎めた。


「アランに、ルカか。確か正門の警備の当番のはずだな? 持ち場を離れていいと誰かに言われたか?」

「あ、えっと、それは……」


 名指しされて、年長のアランの方がわたわたと何かを言い訳しようとする。そんな少年に助け舟を出すようにリディアが口を開く。


「自警団の歩哨はラダンとアラムの組に交代済みです。とはいえこの旅人たちと最初に応対したのはこの二人なので、同席してもらっても差し支えはないでしょう」

「ふむ」


 詳しく事情を語れば二人だけで正門を遠く離れていたわけで、それを知ったらマイエル大尉はきっとこの二人を叱責していただろう。だが状況を把握しているはずのリディアも、そこまでの詳細にはわざわざ言及はしなかった。

 彼女がそれ以上何も言わないのを見て、マイエル大尉が話の先を続ける。


「隊商に同行してきたわけでもなし、ギルドの紹介もなしに当砦を訪問するとは、確かに異例ではある。諸兄らはいったい何者なのか」


 大尉がそういって詰問したのは熊のような老騎士の方だったが、老騎士は無言で肩をすくめると、連れの女性をちらりと見やる。


「マイエル大尉とやら、どうやらおれに向かって質問をしているようだが、おれはあくまでこちらの女性の用心棒にすぎん。質問は彼女にするといいだろう」


 そう言って、騎士ベルナールは隣のジュディを促した。

 彼に深い考えがあったわけでも無かっただろうが、この場に居並ぶ騎士らを束ねるマイエル大尉に対し、さらなる年長者として対等に口を聞いた老騎士が、そのようにして発言の機会を譲ったのであるから、ではこの女性は一体何者なのか、とその場の男たちの注視を集めてしまうのはやむを得なかったかも知れない。

 ジュディは内心若干の気後れを感じながらも、それをなるべく顔に出さないようにして、静かに口を開く。


「私はジュディ。こちらは私の友人で、ベルナール卿」

「卿というほどに、たいそうなものではないがな」


 老騎士はそういって声を上げて笑った。

 だが、マイエル大尉は笑わない。当然、周囲の騎士たちも一切笑わない。それをぐるり見渡して、ベルナールはばつが悪そうに口をへの字に曲げた。

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