砦の騎士団(その6)

「自由に行き来とおっしゃるが、あなた方が王国の臣民であるか否かによってもそこは違いが出てくるでしょうな。……そもそも当砦はあくまでも王国軍の軍事的な拠点です。民間人の往来を制限する理由としてはそれで充分でしょう」

「ではあくまでも、私たちをこの場で拘束する、と」

「我らの指示に従っていただけないなら、それもやぶさかではない」


 厳かな口調でそのように言い切ったマイエル大尉に向かって、今しがたのやりとりを黙って腕組みをして耳を傾けていた老騎士ベルナールが、おもむろに口を開いた。


「おれの立場から言うのもなんだが、大尉。そのような次第であればあらかじめ山頂の降り口にでも、立ち入りを禁ずる立て札の一つでも立てておくべきであったな。……立地だけを言えば、この裂け目のあるカイエス山を挟んで西側の国境地帯を越えれば、程なくして自由都市連合の版図だ。その自由都市側が、ふもとのカイエス砦はともかくとしてこの〈裂け目〉やカイエス山自体を王国の領土と認めた、という話を寡聞にして聞いた事がないが、その点についてはどうかね?」

「お二人は、自由都市側からこちらにいらっしゃったという話だったが」

「王国側からでは、ふもとの砦で足止めになるという話だったからな」


 世間話のように鷹揚な口調のベルナールだったが、ふと気づけばいつの間にかその右手はさりげなく腰に下げた剣の柄に添えられていた。彼自身手癖のように、無意識のうちに触れてしまっていただけのようではあるし、今すぐにでもそれを抜き放とうというような剣呑な様子でも無かった。


 老騎士の態度は決してそのような張り詰めたものではなかったが、それと気づかせずにいつの間にか、いつでも抜こうと思えば抜ける姿勢になっている。終始肩の力を抜いてくつろいだ風な態度ではあっても、そのような手指の置き場所だけで、その場の王国軍の騎士たちを警戒させるには十分だった。

 横にいるジュディもそんなベルナールを……敢えて言ってしまえば剣に添えられた彼の手をじっと見つめていたが、その所作をたしなめるでもなく、終始無言を貫くばかりだった。

 その場に訪れた沈黙が、存外に重かった。

 マイエル大尉はじろりとその場を見回す。ベルナールと騎士たちとの間の張り詰めた空気を、敢えて破るかのように、彼はおもむろに立ち上がった。


「……いいでしょう。実際、自由都市側からの商人の往来もあることであるし、外からやってきてここに留まるというだけであれば、必要以上に咎めだても出来ないでしょう。ただし、今私が申した通りここは王国軍の軍事拠点です。滞在は自由ですが、くれぐれもお気をつけていただきたい。魔物どもも、人間の都合などお構いなしに気まぐれにこの砦を襲撃してくる。決して安全とは言えぬし、どのみち観光するものなども何もありはしない。そもそも旅人を泊めるような宿屋も無い。早々に退散されるがよいでしょう」


 そのように口上を述べた大尉に、ジュディが食い下がる。


「では、ここより下層へはどうあっても行かせてくれないという事?」

「上層側の表門はいつでも通っていただいて結構。ですが、下層側への通行は許可いたしかねる。……軍が砦を構えているのです。軍務上の都合で民間人の往来を制限することは、われらに認められている権限でもある。いちいち理由を説明する義務も、我らには無い」


 何卒ご了承願いたい、と言われれば、ジュディもベルナールもその場ではそれ以上何も言い返せないのだった。




(次話へつづく)

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