39:趣味

 牛と馬の頭がもげた。

 グイっと引き寄せたら、ポロっととれた。

 攻撃したわけじゃない。ちょっと乱暴にしたかもしれないが、もげるほどのパワーじゃない。というか俺に、腕力だけでモンスターの首を千切るほどの膂力はない。


「やっべ」


 つい、そんな言葉が漏れた。

 いつも師匠の首を落としていたし、割とモンスターを倒すときっていろんなところを両断する。だから罪悪感はまるでない。というか、これまでも、牛頭馬頭はこうして首を斬って倒す場合も多い。なんら心は痛まない。


「やっべ」というのは、「またダンジョンに入りなおして、15Fからここまで登ってくるの面倒だな」というニュアンスだった。

 だが、幸いにも、そんな考えは杞憂に終わる。


 牛の頭と馬の頭が地面に転がるものの、牛頭と馬頭自体は、なんら首無し死体にはなっていなかったのだ。

 というのも、牛と馬の代わりに、その頭部は……。


 青髪と赤髪の少女たちのものに変わっていたのだった。

 誰だこいつら!? いや、普通に……めちゃくちゃ可愛いな!?

 どこか気品あふれる目鼻立ちは互いに瓜二つ。双子なんだろうとすぐにわかる。


 そんな二人は、すっかり気絶して、小さく寝息を立てているのだ。

 ええ、どうしよう?


「モンスターが気絶するとか初めて見たんだが。どうすればいいんだ?」


 モンスターは寝ない。常に動き回り、体力がなくなると、いずれ光の粒子となって魔力に還る。だからこうして、寝ているモンスターなんて、ましてやそれがボスモンスターだなんて、類を見ない……。


 ……あ、居たわ。


 師匠がそうだったじゃないか。

 こっことの死闘を繰り広げた師匠に、俺がトドメを刺した時。ボスモンスターとしての師匠は消えたが、ドロップアイテムとして現れた師匠は、確かに気絶していた。


 だけど牛頭馬頭。こいつらはまだ倒したわけじゃない。歴とした純然たるボスモンスターだ。

 ……だよな?


 こいつらの寝顔を見ていると、普通に子供だ。

 そういえば体つきは一回りも細っこくなったように思える。いや、細い。

 ムキムキの筋肉質だった肉体は、本当に、見た目年齢相応の華奢な体躯に変貌していた。


「ええ……どうしよう。とりま、こっこに連絡してみるか……」


 スマホを取り出して即座に画面を殴打する。


『なんか20Fの牛頭馬頭が可愛い女の子になったんだけど見に来る?』


 ポコン。と瞬時に返信があった。


『なんでいつもカズキにだけそんな面白いこと起こるの!? ソッコーで行くから待ってて!』


 来るんかい。

 いやそりゃ来るよな。配信者として、こんな面白いことが起きているのに黙っていられるわけがないのだ。

 そしてこっこは、あっという間にやってきた。

 息を切らしながらも、ちゃっかりと既に【カメラファンネル】を飛ばしている。


「現地に到着ー! またカズキのドッキリじゃないかって少しは疑ってたけど、もう既に二人の子供が倒れているの発見! その傍らにカズキがただつっ立ってるのなんか怖いんだけど!?」


 黒髪ピンクのアシメカラー。両手を口元に当ててぎょっとした表情をして見せる彼女の普段と変わらないしぐさに、なんだか少しほっとした。

 こっことは最近会ってないはないけど、こうしてメッセージのやり取りは、やろうと思えばできる。

 だけどガチバトルが日に日に迫ってて、なんか気まずいし……。

 これまで、鬱陶しいくらいだったこっこからの連絡は、音沙汰もなくなった。


 だからこっちからの連絡もし辛いところだったのだ。

 前回の宝箱事件とか今みたいな意味わからん状況は、同じ裏ダンジョンに潜る仲間として共有したいから別だけど、まあ、今回、こっこの顔を見れてよかった。


「え……本当に大丈夫なの? カズキ? これ、配信オッケーなシーン?」


「オッケーに決まってんだろ。はよこい。もっとこっちゃこい」


「……死んでないよね?」


「寝息たててるから、たぶん」


 恐る恐るといった様子でこっこが近づいてくる。俺をなんだと思っているんだ。

 さすがにモンスターといえど、人間の子供みたいな姿をした相手に攻撃できるほど人間やめてない。


「うわ、本当にめっちゃかわいい! 嘘でしょ!? この子たちが牛頭と馬頭!?」


「ああ。しかも、喋るぞ」


「マジで!?」


「それに大分、強くなったぞ。今度挑戦するときは気をつけろよ、こっこ」


「え、ダンジョンモンスターが強くなったの? なんで? 裏ダンジョンって、本当にこれまでのダンジョンとは異質すぎるね……」


「あ、こいつらが強くなったのは俺が鍛えたからなんだけど」


「なんでモンスター鍛えてんの!?」


 なんでってそりゃ……。

 言わせんなよ。恥ずかしいな。


「クリスマスバトル……お前に勝つために決まってんだろ。こっこ――!」


 恥ずかしいが、熱意をぶつけた。お前に勝つために、俺だって、俺なりに頑張ってるんだ。

 こっこ。お前もそうなんだろ?




「……いや、それがどうなって、モンスター鍛えることに繋がるの……?」


 そうか。ちょっと流石に、説明が足りな過ぎたな。

 俺がこいつらを鍛える理由。それはつまり……。


 うーん……?


 あれ?

 こいつら鍛えてるの、そういえば、俺の趣味でしかない……?

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俺だけ裏ダンジョンに潜っていた件~表ダンジョンをクリアした美少女有名配信者が1Fのゴブリンにボコられてたのを助けたら彼女に粘着されてそれ以来なんかバズってる~ 【偽】ま路馬んじ【公認】 @pachimanzi

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