38:師匠に倣って殺す気で弟子を育成します!

 世界にダンジョンが現れたのは、およそ80年前。

 最初はたった3階層しかない上に、デコボコ岩肌の洞窟系で、どこにでもあるような、ありきたりな構造だったという。

 当時のダンジョン探索は軍隊を派遣して、複数の小隊を編成し、火器を持ち込んだそうだ。

 ――攻略にかかった年月は、30年を要した。


 ダンジョン攻略のノウハウが一切なく、また、出現するモンスターのデータなど存在するはずもないので、実際に何十回何百回という戦闘経験から固体の特徴をとらえていく他になく、当時はドロップアイテムなんて未知数の物体をどう取り扱っていいものかすらわからず、悪戦苦闘していたのだ。


 モンスターの硬い外殻に銃弾は弾かれ、跳弾に自滅する始末。早々に不適切の烙印が押された。

 火炎放射器もほとんど有効には働かなかった。熱耐性を持つモンスターには意味がなく、視界を無駄に遮るので、反撃を誘発しやすかった。手榴弾は洞窟内で扱うには自爆のリスクが高すぎる。


 近代歩兵の兵器は、ほとんどがモンスターには有効足り得なかった。

 そんな中、一番効果を発揮したのは、近接武器。

 剣やハンマーで的確に急所を狙う戦法が、ダンジョンにおいては最適解だったのだ。


 そして、ようやく攻略してみれば――ボスエリアを覆い尽くすほどの財宝が溢れ出したという。

 そして世界各国で、ダンジョンの発見例が数多く出現した――。

 

 


 裏ダンジョン。20Fに君臨するボスモンスター。牛頭と馬頭。

 俺の目の前にいるこいつらは、草食動物特有の、見ているとなんだか不安に駆られるようなギラついた眼球を俺に向けて、殺意と武器の矛先をも向けている。


「よし。こい」


「ブモオオオオオオオオ!」


「グララアアアガアアア!」

 

 二頭は力いっぱいに武器を振り回す。牛頭は黒板くらい大きな刃幅の大斧。馬頭は柄の長い棘付き棍棒。

 二頭の身長は俺の半分という小柄で、認めたくないが、事実、声はかわいい。

 そんな二人が、俺の身長以上もある巨大な武器を振り回すのだから、まず視覚がバグる。油断してると、マジに一撃で死ぬ。

 普通に戦えば恐ろしい敵だ。


 だが……残念ながら、裏ダンジョンの20Fまでやってくるような人間に、見た目で力量を判断するような奴は一人もいない。

 身長と武器の大きさとの対比で、リーチを見誤るとか、そんな凡ミスなんてするわけがない。


 つまり、当たらなければどうということはないのだ。

 大振りで軌道が読みやすいのが何よりの欠点だな。


「はい、ストップストップ。それじゃあ、まずはその大振りを矯正しないとな」


「矯正?」


「いやウチらのエモノが大きいんだから、そもそも大振りになっちゃうでしょ」


 自らの弱点を理解しているが開き直ってやがる。


「そうだな。確かに武器が大きすぎる。いくらお前らがムキムキで、そんな身長の倍以上の重たそうな武器を難なく振り回せるとはいえ、どうにも、軌道が単調なんだよ。柄が長すぎ。半分くらいに折れないか?」


「いやいや、そんなことできるわけ……」


 牛頭が渋っていると、あっけらかんと馬頭が柄をボキっと負った。


「あ、できた」


「おお! いいじゃねえか! リーチは半分になったが、回転数は飛躍的に向上するはずだ。ちょっと振ってみろ」


「ふんッ!」


 馬頭はためらいなく、俺の指示通りに棘付き棍棒を振りぬいた。

 俺めがけて。

 リーチが半分になって、回転速度は単純に二倍だ。前髪掠ったがなんとかのけ反ってそれを回避した。なにすんじゃい。


「俺にじゃねえよ! 素振り! 素振り!」


「いやモンスターとしての本能がどうしても……」


「えいっ!」


 続いて背後から気合いの掛け声。反射的にしゃがみ込むと、頭の上を台風が横切った。


「牛頭こらァ! 殺す気か! 背後から……って、よく俺の背後まで殺気を消してこれたな! 偉い!」


「え、えへへ……」


「あー、牛頭が嬉しがってるぅ! 人間に褒められて照れてるぅ!」


「いやちがっ……! 馬頭! バカ! おちょくるな!」


 仲良しにじゃれあってる二頭。なんだか微笑ましいな。

 だけど悪いが、俺には時間がない。こっことのガチバトルまで俺はもっと強くならにゃいかんというのに、こいつらに戦い方を教えてる暇なんて本来はないのだ。

 だけど冒険者としてのケジメとして、どうしてもこいつらを無視することが出来なかった。

 こいつらは実力を発揮する前に俺たちにいつも倒されている。

 可哀想だろ?


 だから、こいつらに全力の出し方を教えてやる。

 そして全力のこいつらを、正々堂々、ねじ伏せる――。


 そうしてからじゃないと、30Fのボスに挑むのがなんか、もどかしいんだよ。

 まあ結局、ただの俺個人のどうでもいいこだわりだ。

 だから俺の気の済むようにやらせてもらう。




「――こっこ? カズキとスケキン以外のあの女のニンゲン?」


 訓練を終えて、ヘトヘトになって仰向けになるこいつらに、ふとこっこの事を尋ねてみた。


「そうそう。もうダンジョンじゃめっきり会わないんだけど、あいつちゃんと攻略してるか? あと俺の師匠をスケキンって呼ぶな。大師匠と呼べ」


「最近は見ないよね」


「うん、ウチら、このところ、カズキ以外に会ってないよ」


「師匠にも?」


「「うん」」


 まあ師匠はともかく、こっこまでダンジョンに潜ってないだと?

 なにしてんだこっこ。まさか俺とのバトルに向けて、対人用の猛特訓でもしてるのか?

 こっこのチャンネルを覗くのはなんかフェアじゃない気がして視聴もしてないし、これじゃあ、期日まで何しているのかわからないかもな。


「……まあ、いいんだけどさ。それじゃあお前ら。そろそろコツ、掴んできただろ。手合わせしてやる、立て立て」


「ええ……今日はもう疲れたんですけどー。明日にしようよ。明日」


「私もヘトヘト……」


「あっはっは。何言ってんだ。――そんな状態で力を振り絞ってこそ限界を超えるってもんなんだよ」


「言っとくけどあんた絶対に人にもの教えるの向いてないから! そんな根性論イマドキは時代遅れだから!」


 しかし、この二頭に俺の言うことを聞かない選択肢はない。

 だってやらなきゃ、殺られるんだから。

 俺は問答無用で、ニッコリ笑顔で、ククリナイフを構えた。

 泣きそうになる二頭も、なりふり構わず武器を取る。




「――ぐぅ! カズキこいつつよい! どっちがモンスターかわかんないよ! ……で、でも!」


「ま、まだまだあ! なんだかいつもより、動きが分かった気がする!」


 牛頭も馬頭も、やるな。短時間で俺の攻撃まで捌けるようになってきた。

 これまで、モンスターの本能に支配されて、否が応でも無駄な力が入り過ぎてたんだ。ヘトヘトに力が抜けて、本能が付け入るスキがないほど追い詰められた肉体を、100%自分自身の力で動かせるようになった。力が抜ければ余裕ができる。余裕が出来れば、視界が広がる。今のお前らこそ、本来、20Fのボスモンスターとして搭載された、純度100%の本気の目前ってところだろうな。


 ――だけどここでもうちょい、もうひと踏ん張り!

 俺はもっと、お前らの真の実力が見たいんだ!!!


「よおし! もっとだ! 120%を見せてみろ!」


 俺もテンション上がっちゃって、奴らの武器を目いっぱい弾き飛ばして無防備になったところで、馬のタテガミと牛の角部分を思いっきり掴んで、引き寄せた!


「――ユニークスキル発動! 【才能開花】ああああああああ!!!」


「「うぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」」


 そして、牛頭と馬頭の――。


 ――頭がモゲた。


 ええええええええええええええええええええええええ!?

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