36:今夜はさくらユッケ

 さあ、30Fのボス攻略へ向かう。――その前に。


「まあ、やっぱ、順序は踏んでやらねえとな?」


 裏ダンジョンにダイブして、即座に15Fへワープ。そしてとんとん拍子でやってきたのは、20F。

 ボスエリアだ。

 ここのボスはムキムキ巨躯のペア。地獄の獄卒。牛頭と馬頭。

 表ダンジョンでは狭いボスエリアをぎゅうぎゅうに動き辛そうにして、武器も長物ばかりだから不完全燃焼って感じのボスだった。

 しかし。裏ダンジョンではそれを克服していた――。


 ――ダンジョンサイズはそのままに、自身の体躯を小さくして最大限に動けるようになったのだ!

 元気いっぱい、二頭は吠える。


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


「グララーガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 身長は俺の二分の一。

 スピードは師匠の二分の一。

 手数は二人合わせてもこっこの二分の一。


 ……今の俺に、負ける要素がない。現にこれまで何度も相手をしているが、別段、取沙汰するほどのこともないから普通に一階層を降りる程度の感覚でいた。


 まあ、ただ、唯一彼らの特徴を上げるとするなら、ちょっとパワーが凄いってところかな。

 小さくコンパクトにはなったが、腕も脚も細くはなってしまったが、なぜか膂力がえらく力強く進化したのだった。


 その筋量からなる殺人タックルは大型トラック並の威力だ。当たれば死ぬ。

 その握力はダンジョンの壁をまるでスポンジケーキのように抉る。捕まれば死ぬ。

 体躯に見合わない大きな武器は、小さな体にはとても不釣り合いだが、支点も力点もこじんまりしているのでぶんぶん快適に振り回せるようになっている。当然、当たれば死ぬ。


「まあ、当たらんのだけど」


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」


「グララーガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 牛頭馬頭コンボをひょいひょい躱し、ちょっと煽ると、二頭とも、ぶちぎれたように吠えだした。

 うん、こいつら、やっぱ俺の言葉、分かってるな。

 師匠がそうだったように。30Fのボスも当たり前のように話しかけてきたことだし、20Fだけ喋れないなんてことはないだろう。

 というか、階級で言えば師匠よりもこの二頭は上位だ。言葉を介するなんて、師匠にできて、こいつらにできないと考える方が無理がある。


「けど実際、師匠よりも弱いのはどういう理屈だろうな?」


「ああん!?」


 ……ん? ついつい疑問が口をつくと、ドスのきいた声が響いた。

 いや語弊があるな。ドスのきいたというよりは、ドスをきかせたくて頑張ってるけど、その本来の可愛らしい声色が全然抜けなくて、単に子供がヤンキーの真似事をしているとしか思えない感じになっている。

 ……といった感じだな。


「ざっけんな! オラー!」


 叫び声と共に突進してくる馬頭。槍のような柄の棘付き棍棒で俺を粉砕せんとする暴走機関車と成り果てた。

 師匠より弱い。つまりは10Fのボスであるスケルトンキングよりも弱いとする発言が、どうにも気に食わなかったようだ。

 これまで喋れないフリをしていたのを、すっかり忘れさせてしまうくらい。


 話ができることはわかったが、これじゃ話にならないな。

 こいつらを完全に攻略するためには、話し合いが不可欠だ。なので俺は、武器を仕舞い、馬頭の突進を真正面から受け止めた・・・・・・・・・・


 いや、受け止めきれずに押し込まれる! やっぱ凄い力だ。

 だからこそ、このパワーを完全制覇できたなら、俺はもっと強くなれる……! こっこに追いつける!


「うおおおおお! よっこいしょおおおおおおおおお!!!」


 棘棍棒のトゲトゲ部分を避けて痛くないように掴んで、精一杯に俺もパワーをぶつける!

 押し合いへし合い。力勝負じゃ勝てないのは百も承知だ。だから、パワーを込めるのは、正面以外の――全ての方向・・・・・

 奴の桁違いのパワーを、俺という作用点を媒介して全方向に逃がす! 無力化させる!

 今はまだそれが不完全であるために、土俵際ってか、ダンジョンの壁際まで押し込まれている最中なのだが……!


 ――俺の目論見は、どうにか、圧死する前に達成できた。


 こつんと踵が壁につき、それと同時に、馬頭の突進は、ぴたりと止まる。

 馬頭の動きもまた、止まる。


「……へ?」


 馬頭の可愛らしい声の素っ頓狂が、反響もせずにダンジョン内に消えた。

 瞬間、その後方が大爆走してくる牛頭が、大斧をブーメランのように投げつけてきた。


「死ねええええええっ!」


「死なんっ!」


 一瞬、これも同じ要領で無力化できないか考えたが、いや飛んでくる刃物は普通に怖いのであきらめた。

 ただ、その一瞬の躊躇いが、ちょっと回避を遅れさせた。

 俺だけ逃げるんだったらまだ余裕なのだが、牛頭の攻撃の導線は、しっかり馬頭まで巻き込んでいるのだ。たとえ自爆だとて、片方でも撃破してしまえば、今回で話が終わらない。


 だから馬頭を抱き込んで押し倒した。

 すぐ上空を巨大な鉄塊がけたたましい風切り音を放ちながら通過し、壁を破壊する。瓦礫が降り注いで痛い。


 だが、これで何とかなった。馬頭もすっかりおとなしい。

 小柄で声も少女っぽいとはいえ、俺が抱き抱えたのは馬ヅラのムキムキモンスターだ。すぐに殺せる準備もしていたが、それは杞憂だった。あーよかった。

 それじゃあ、なんだか戦う雰囲気じゃなくなったところで、この二頭と話を……。


「ひっ、お、男のひと……こわい……ごずぅ、助けて……えーん! えーん!」


「コラあああああああああ! 馬頭に抱き着くな不審者ああああああああああああああああ!!!」


 馬が泣いて、牛が怒った。

 今日の晩飯は焼肉とさくらユッケにしようと決めた。

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