34:30Fのボス

 現在、裏ダンジョン28F。

 逃げる師匠を追い続けている……!


「待てコラァあああ!!!」


「我が弟子ながら、礼儀がなってないわね。そんな物言いで言うこと聞いてあげるわけないでしょう?」


「待ってくださいお願いします!」


「ふふふ。……嫌よ」


「畜生おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 師匠は入り組んだ洞窟内を、まるで歩き慣れた庭のように飛び回りながら、俺を煽りに煽り散らかす。いやな性格してるぜまったく……!

 追いすがっても蝶のようにひらりと躱してくる。なかなか捉えきれない。というかなんでガチ逃げ!?

 25Fから始まったこの逃走劇。ふつう、ちょっとじゃれ合ったらはいおしまいって感じになるもんじゃない!?


 そこはモンスターである師匠と俺ら人間の思考回路のズレなのか、それとも師匠がただのサイコパスなだけなのかは定かではない。

 唯一、確かなことがあるならば……。


 師匠は、25Fの宝箱から出現したアイテムを手にして、それを俺たちに奪われないように逃げ回っているということだ。

 俺はそれが……無性に気になる!

 というか俺が見つけた宝箱を横取りしたのは師匠なんだからさっさと返せよ! 返してお願いっ!

 じゃないと……!


「いつものように首ちょん切るぞ師匠コラァあああああっ!!!」


 これまでの10Fのボスとして倒してきた日々のようにな!!!


「あら怖い。もっと逃げなきゃ」


「逃がさねぇよ! そうだろ! ――こっこ!」


「もち! あんたのお宝、いただくよーっ!」


「それはやめてっ!」


 背後から猛スピードで俺を置き去りにして、ピンクアシメカラーの閃光が師匠に急接近する。

 モンスターの師匠ですら、こっこのスピードは人間かどうか疑わしく感じるほどだ。

 それに加えて、今はさらにユニークスキル【画角になんてドリーム収まらないドライブ】を既に発動している状態!

 こっこが師匠の目と鼻の先にいるということは、既にその後の行動は完了しているということだ。


 —―だが、寸前でこっこが飛び退いた!?


「きゃっ!?」


「こっこ!? 大丈夫か!」


 倒れるこっこは思わず【画角になんてドリーム収まらないドライブ】を解いてしまうほど狼狽えていた。師匠に何をされた……? ぱっと見はどこにも異変はない。

 だがこれまで遊び感覚のお気楽モードだったこっこが、急に瞳孔ガン開きのバトルジャンキーモードに移行しているのを見て、嫌な予感しかしなかった。


「カズキ。お姉さま、いよいよガチ目に、何が何でも宝箱の中身を渡したくないみたいだよ……」


 ほら。とこっこが師匠を指さした。

 師匠は、両手で何かを大事そうに包み込んでいた。

 あれがアイテムか!? と思って目を凝らすが……。


 持っていたのは、手の平サイズの、鼻っ柱がドリル状 になっているモンスターだった。


「は? え、いや、師匠。何やってんの?」


 俺の問いに、師匠は答える代わりに、一言発した。


「エネミースキル【ボスモンスターの威厳】」


「ギュピィイイイーッ!」


 師匠の手の平が吼えて、そして次の瞬間、モンスターを弾丸のように射出した。

 いやあぶねええええええ!!! 頬かすめたっ!?

 こいつは28Fに出現するモンスターである、その名の通り『弾丸空魚バレッド・フィッシュ』。鉄砲玉のように空を飛ぶ魚型のモンスターだ。素早いが、軌道が直線なので読みやすい。師匠の縮地よりも遅いし……。


「……え? 師匠、今モンスターけしかけた? MPKモンスタープレイヤーキラーしようとした!?」


 MPKとは、モンスターをおびき寄せて同階層にいる他の冒険者を襲わせる悪質なPK行為である。

 ダンジョン内でPKはご法度中のご法度。というか人殺しは世界共通で重罪だ。

 冒険者は常に死と隣り合わせにある。モンスターに殺されることは、冒険者になったからには誰しも覚悟の上だが、人為的な犯行で殺されるのは話が違う。

 決して許される行為じゃない。


 そんな行為を師匠がしてしまうなんて……。

 というか俺を狙うなんて!


「師匠マジで今回ばかりは絶許ぜつゆる!!!」


 お仕置きしちゃる!

 飛び道具があるのは……師匠だけじゃないからな!

 弓矢を構えて、すかさず連射する!


「あら、もはや懐かしいスタイルね」


「確かに武器屋の曲刀使いやすすぎて最近接近戦ばっかだけど! 俺の本来のダンジョン探索スタイルは弓矢ありきですから!」


 遠距離攻撃ってホント便利だよな。弓矢と、それから――!


「ダンジョンマジック発動! 【麻痺魔法パラライザー】!」


「エネミースキル【ボスモンスターの威厳】」


「ギェーッ!」


 矢を叩き落とす師匠の隙をついたダンジョンマジック。矢と同じように、惰性で魔法も弾こうとしてくれたなら、まんまと麻痺ってくれたのだが、まあ俺もあからさまに狙ってたからな。対策されるだろうとは思っていた。

 だが、仲間モンスターを身代わりにさせるなんて、えげつない……。


「あら、階段発見。それじゃあ、追ってくるならご自由に」


 ぐっ! 終始、師匠のペースで階層を降りられちまった……。

 ダンジョン内で師匠と鬼ごっこなんて、なかなかに、舐めていた。流石はダンジョンのボス。


 ここを下りれば29F。ここからは未知の領域だ。

 師匠は本気で俺たちから逃げている。宝箱のアイテムをマジでナイショにしておくつもりなのだ。なんで? 意味わからん……。

 クリスマスバトルで勝った方に上げるというが、そもそもどんなアイテムなのかわからないことには、モチベーションの上げようもないだろうに……。


 だから今。アイテムが見たい。

 てか俺の初宝箱! 絶対に見たい! 今すぐ見たい! 俺のアイテムを盗るな! バカ師匠!


「こっこ。いけるか?」


「ねえ、本当に宝箱開けたの? アイテム持ってるの? 壮大なドッキリとかじゃなくて?」


 息を切らして、ジト目で疑いのまなざしを向けるこっこ。俺がダンジョン配信者ならまだしも、それをやるメリットなさすぎるって。疑うんじゃねーや。

 純粋に、興奮をお前と共有したかっただけだい。

 

「嘘ついたら針千本飲んでやるよ!」


「なにそれ! それも見たーい!」


 嘘じゃないからしませんけど!

 だが、こっこもまたそれなりにやる気を出してくれたようだ。

 あとはもう、言葉はいらない。俺たちは互いに目を合わせ、こくりと頷き、階層を下りた。




 —―瞬間、ふわりと浮遊感。

 あ、これ――。まずい。


 トラップ踏んだ――!?

 いや階層下りた一歩目で発動するとかムリゲーすぎんだろ!?


「こっこ!」


「カズキ!」


 無重力感。トランスポーターを使った時のようなふわりとした、金玉がきゅっと縮こまるような感覚。咄嗟にこっこに手を伸ばす。

 こっこもまた、俺に手を伸ばしてくれていた。空気を手繰り寄せるように、俺たちは、がっちりと握手を固く結んだ。


 この浮遊感が、ただ落下しているということに気が付いたのは、固い岩肌の地面に激突してからのことだった。

 あまりにも強すぎる衝撃が全身を何週も走り抜けて、そのダメージのヤバさを、痛みを感じるよりも前に悟ってしまい、強制的に覚悟を迫られる。—―死。


「—―あれ?」


 だけども、一向に、約束された絶望と痛みが訪れることはなく、目を丸くした。俺はただ地面にぽつんと立ち尽くしていたのだ。

 ふと、こっこと目が合う。

 こっこも目をぱちくりして、ニカっと笑った。


「いやー、危なかったね! ヤッバ! たぶん過去イチで死ぬとこだった! まさか階層下りた瞬間に落とし穴トラップ発動するとかある!? アハハハハ!」


 なにわろてんねん。

 でもなんで、こっこですら死を覚悟したこの状況。俺たちは生きてるんだ?


「じゃーん。こんなこともあろうかと、寸前でEXポーション、ありったけぶちまけたのでしたー! やっぱ冒険の必需品だよポーションって! 企業様助かったー! ありがとー!」


 いや機転ヤバすぎるだろこっこ!?

 どんな反射神経してたらそんなことできんだよ……。俺は、お前の手を握ることが精いっぱいだったってのに……。うわー。なさけねー!




『あのー、イチャイチャしてるところ悪いけど、既に戦闘開始してるからね?』


 俺のものともこっこのものとも違う第三者の声。むろん、師匠であるはずもない。

 突如声をかけられて、俺たちは、すぐに暢気だった頭を切り替えた。


 そりゃそうだ。29Fで、落とし穴のトラップに落ちたなら、ここはどこだって話だよ。

 30F。ボスモンスターのフロアだ。


 声はボスのものに決まってる――!

 少年じみた声色だったが、気は抜かない。油断すれば命を抜かれるもんでね!


「恐ろしいことを言う割には、今のところ、何もしてこないじゃないか? 案外、優しいんだな」


「違うよ? もう手遅れだから、最後に通告してあげたんだよ」


 ……手遅れ?

 そういえば、ついさっきよりも、高い位置から声が聞こえた。

 辺りを見渡せば、だけど何もないのだが……。


「ダンジョンマジック発動。【聖域魔法ホーリーサークル】」


 これは自分を中心に防御結界を生成する魔法。使えないと言われているが俺は雑魚狩りに重宝している魔法なのだが……。


「あっ」


 しかし発動した瞬間、【聖域魔法ホーリーサークル】は瞬時に砕け散った。

 この挙動で全てを察した俺とこっこは、光の速さでアイテムを捕りだす。


「「【白鷲の羽】っ!」」


 ダンジョン離脱アイテム【白鷲の羽】を使い、通称【ビビリ羽】でもって、俺たちは生還したのだった……。

 そういえば、表ダンジョンの30Fのボスは、無限増殖スライムだったよな。


 俺たちは最後までその存在を視認することはできなかったが、あれはおそらく、不可視の無限増殖スライムだったのだろう。

 それも、表ダンジョンよりもはるかに増殖スピードが著しく、ものの数分でフロアを埋め尽くしてしまえるほどのとんでもない速度なのだ。


 ……てか、喋るんだな。

 師匠と同じで……。




 ――そして師匠は、あれ以来、ダンジョンから戻らなかった。

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