33:決戦へ向けて……そんなことより釣られクマ

 コロシアムでこっことバトルする。

 期日は来月のクリスマスに決まった。丁度、その日はこっこがファンイベント用にコロシアムを予約していたらしいので、都合がいいそうだ。俺もこっこの配信日程に合わせることに何も不満はない。

  俺はその日、こっこに敗北をプレゼントする、ブラックサンタとなるだろう……。



「いやあ……。無理じゃね?」


 自問自答。率直な意見が口から飛び出た。

 ダンジョン内に少し反響して、耳にハウリングじみた不快感をもたらす。

 ダンジョンモンスターを狩りながら上の空とは……俺も調子に乗ってるな。こっこと出会う前なら考えられない。あの頃は、いつもひーひー言いながらダンジョン・ダイブしてたもんな。


「ふう……25F到達。このあたりもそろそろ慣れてきたな」


 12Fのタイラントマンティスに手こずっていた昔の俺に、今じゃ25Fを散歩するように探索しているなんて言ったらどんな反応するだろうな。

 しかも、ここまで、魔法もスキルも使っちゃいない。


 油断してるわけじゃない。

 余裕なのだ。視野が広くて、視界がクリアだ。おかげで、いろいろと思考が巡る。


 こっこは強い。間違いなく、ダンジョンに潜っている世界中の誰よりも強い。それはこっこが裏ダンジョンに到達できたことからも明白に、最強だ。


 そんな素で強いこっこちゃんが、先の師匠とのガチバトルで……更に覚醒した。

 こっこのユニークスキル【画角になんてドリーム収まらないドライブ】。これがヤバすぎる。


 見えている動作は全てこっこの残像で、実際にこっこ自身は、それよりもコンマ数秒ほど以前に行動を終えているのだ。

 残像を目で追っているうちは、絶対にこっこを捉えられない。残像から動きを先読みするしか対処の方法がないのだが、実際にはその先読みすら後手に回っているだけに過ぎないのだ。


「師匠。どう思う?」


 ふと、同じくダンジョンに潜っている師匠に意見を伺う。

 褐色の肌は、姉ちゃんの私服の(ダサい文言がプリントされた)ティーシャツで覆われて、下は鼠径部まで見えそうなホットパンツ。動きやすいとのこと。


 師匠の武器の曲刀は『武器屋』で仕入れた。

 ……俺とお揃いの、ククリナイフだ。なんか照れる。


「そうね。カズキはともかく……、妾がこっこちゃんと戦ったとするなら、まあほぼほぼ負けはないわね」


 おお、流石師匠。言ってくれるね。


「ただ、勝負は一ヶ月後でしょう? それも、カズキとの戦いに備えて、ユニークスキルにさらに磨きをかけてくるとしたら……わからないわね。妾、負けちゃうかも」


「師匠マジか」


「あの子の戦闘センスはちょっと頭オマシイわよ。ただの人間とは思えないレベルでね……まあ、それはカズキ。あなたもだけれど」


「光栄です!」


 お世辞。いやフォローだな。俺が戦う前から負け犬思考に陥らないように、即座に俺を持ち上げてくれたわけだ。流石師匠。弟子想いで最高。

 しかしそんな師匠にそこまで言わしめるこっここそ最高に最強だということか。

 うーん、やっぱ、無理じゃね? 勝つの。


 あっ……。


 ダンジョン探索の最中……足が止まる。

 考え事に集中するために、ではない。

 考え事が、ぶっ飛んだからだ。


「……おいおい、嘘だろ。マジかよ……宝箱じゃん!」


 初めて見た。裏ダンジョンで宝箱……。

 表ダンジョンでは、15Fより上の階層から出現し始めると言われている。俺がこの二年間、一つも宝箱を見つけられなかったということは、おそらく裏ダンジョンでも同じ仕様なのだろう。


 宝箱……。興奮が収まらない。

 裏ダンジョンで初の宝箱だ。


「こっこに自慢しなきゃ……」


 スマホを取り出して記念撮影。メッセージアプリで即座に送り付けてやった。

 シュポッと即座に既読アンド返信。


『どこ!? マジすか!?』


『25F。よろしければご覧になります? 俺が裏ダンジョンで初宝箱開ける瞬間』


『行く!!!! 待ってて!!!! カメラ回してもいいよね!?』


『よかろう。はよこい』


 こっこは興奮気味の通知を送るが、俺の方が断然、ヤバい興奮している。

 裏ダンジョン産の宝箱だぞ!?

 何が入っているのだろうか。表ダンジョンの高階層で出現する宝箱はもれなく絶大な恩恵にあずかれるほどの逸物を手にすることができる。いやもれはあるな。ミミックの場合だってある。


 とうぜん、この宝箱もミミックである可能性は否めないが……。

 そんな冷めるような考えがミミックを呼ぶのだ。

 この宝箱の中には、必ず夢が詰まっている。そう信じ込めば、ミミックなんて出て来やしない……。


「お、お待たせ―! まだ明けてないよね!? ある!? 宝箱ある!?」


「うわ! 早っ!」


「巻きで来たから! 巻きで! ねえどこ!? 宝箱! はーい今緊急で中継回してまーす! ななななんと! カズキくんが裏ダンジョンで宝箱見つけちゃいましたー!!! すごい! マジでびっくり!」


 こっこはカメラファンネルを飛ばしながらやってきた。

 俺が見つけた宝箱を探しつつ、突発にもかかわらず集まったリスナーに向けて状況を説明している。

 てか、こっこにしては視野が狭いぞ。いくら裏産の宝箱がヤバいからといって、もう目と鼻の先にある宝箱に目がいかないとは……。


 金属の縁取りがされた、木製の宝箱。木は腐ってボロボロで、金属も錆びている。

 そんな見た目の宝箱だが、中身は超が何個もつくほどのド級の代物だ。たぶん。いや今は中身の話じゃなくて、そんな見た目のものをまだ見つけられないでいるなんて、嗅覚鋭いこっこらしくもない。


 ……てか、宝箱どこだ? あれ?

 なんで、宝箱があった場所には、師匠の背中が見えているんだ?

 宝箱は開けると消滅する。


「へえ、ふうん。面白いわね……。こんなものまで、ダンジョンに……」


 師匠は何を言っているんだ。

 嘘だろ? まさか……開けたのか? 何の報告もなく、こっこの到着すら待たず、あっさりと、興奮している俺を差し置いて……!?

 あ、やばい。キレそう!!!


「決めたわ。宝箱の中身は、来月の試合で勝った方に渡すことにするわね」


「師匠おおおおおおおお!?」


 キレる間もなく、この場は師匠の独擅場と化した。

 何を見つけたの!? ねえ! 教えてお願い!

 一瞬チラって見せるだけでもいいから!!!




「えーと。ヤバい。全然意味わかんない」


 何もわからないこっこが、独りぽつんと呟いた。

 後日、こっこは各所で『こっこさん、カズキに盛大に釣られる!!!』なんて記事が大量に散見された。

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