30:噂をすれば影

 師匠の表ダンジョンRTAの記録は、驚異の四時間。

 こっこのチャンネルがパンクして、30分の待機時間を含めてもこれだ。実質三時間半か。いやすげえ。

 こっこですら二年ちょっとかかったのというのにだ。


 というか、こっこ以外、中には十年以上ダンジョン攻略を生業としている人もいる。その誰一人成し遂げることのできていない偉業を、たった四時間で達成してしまう師匠の戦闘センスが著しいのだ。

 さすがは裏ダンジョンのボスモンスター。


 逆に言えば、それだけ、表と裏のモンスターのレベルが桁違いって話でもあるんだよな。

 表のラスボスすら、五分で蹴散らせてしまうのだ。

 ……気を引き締めないとな。

 曲がりなりにも、あの二人と肩を並べているわけだからな……。




 そんなことがあった翌日の朝の学校は、誰もが師匠の話でもちきりだった。

 当然、『師匠の所有者』である俺も絡まれる。休み時間ともなれば、俺のクラスは過去一、ごった返した。


「おいカズキ! すげえな、お前! てか師匠強すぎだろ!?」


「ほんとよ! 師匠もこっこもめちゃ強だし、これ、カズキたちなら裏ダンジョンも楽勝なんじゃない!?」


 はいはい。師匠もこっこもつえーんだよ。

 俺はといえば、何も成し遂げてないことへの焦りというか、ちょっとナーバス気味になっている。


 裏ダンジョンを攻略しなきゃならないという、強いプレッシャーを感じている。


 これまでは、誰にも干渉されずに、10Fあたりをうろちょろして、今日も低層で終わったなんて愚痴って、でもあくまでも趣味だから、気楽に続けられた。

 今は違う。


 今や俺は、芒野こっこという最強の女の子と、師匠という最強のモンスターと、あろうことか、同列に並べられてしまっているのだ。

 何も成し遂げていないのに……。


 わかっている。

 皆が期待しているのは、俺にじゃない。

 こっこや師匠だ。

 たまたま、なぜか最初から裏ダンジョンに潜って、運よくこれまで生還してきて、多少の先見の明があっただけの高校生のガキなんて、物珍しさ以外に価値はない。

 俺の需要は、こっこがゴブリンにやられてるところを助けたのがピークだったんだ。


 それが、こっこに絡まれて、一般人なのに配信にもゲストで呼ばれたりして、認知されて……。身バレもするし……。

 何もしてないのに、今の今まで持て囃されることになっちまった。


「カズキ! サインくれよ、サイン! 五枚くれ!」


「はいはい。師匠とこっこの対比は?」


「は? いや、お前のサインだよ。くれよ」


「……は?」


 まあ、こいつみたいに、物好きというか、ふざけて俺をからかうような奴もそりゃ出て来るか。


「あ、俺も欲しい! カズキ、サイン書いてくれ!」


「なにそれ! ウチも欲しいー! 色紙持ってないから、今着てるブラウスに書いてよ。ほらほら! ねえほらあ!」


 そんなおふざけに乗っかった他の奴らもサインをねだってきた。

 ギャルがブレザーをはだけて、スカートにしまってあるブラウスの裾をまくって、ちょっとおへそが見えて、あとブラジャーが透けて見えてる白の布地をパンと張った時。

 ……サイン、練習しときゃよかったと、心底後悔したのは内緒だが……。

 てかギャルお前、萩原の彼女お前……。


「いやサインなんて書いたことねーよ。てか、俺のなんて、いらねーだろ! 色紙寄越せばこっこと師匠のやつ持ってきてやるから、ほら、出せ出せ」


「いやだから、お前のが欲しいんだっての」


「……ええ?」


 意固地だな。まるで意味が分からん。

 乗っかってきた女子も「ちぇー」っとブラウスを仕舞いなおして、だけど、あっと閃いたように、人差し指を立てて提案してきた。


「じゃあ、サイン書けるようになるの、待っててあげるから、一番最初のはウチにちょーだいね!」


「いーや俺だね! 俺が貰う! カズキの初めては俺のもんだ!」


「キショーイ! キャハハ!」


 まったく、からかいやがる。


「わかったよ。じゃあ今は、あの二人の分だけもらってくるから、ほら、よこせ」


「だから、お前のが欲しいんだって」


「いやなんでだよ。マジで」


「お前のファンだからに決まってんだろ?」


 さも当然と言ったように、きょとん顔で言われた。

 だからそんな冗談……。


「冗談じゃないんですけど。本気ですけど。マジですけど! ウチって、前々からカズキの大ファンだって、公言してんですけど。見る? ウチのメッセアプリ」


 いや、見ないけど……。

 え? マジ?


「俺のファン? ごめん、どこからどこまで冗談かわからんくなったんだけど」


「今この場にいる誰も冗談言ってないけど」


 ふーん。あっそ。

 さてはあれだな? 俺の反応を見て、またからかおうとしてるんだな?

 そんなコト言えば俺が嬉しがると思って、茶化す気だろ。そうなんだろ?


 だけど、いつまで経っても……クラスでは俺一人しか、ニヤニヤしてるやつはいなかった。


「すまん、野球部は師匠派多数なん、すまん」


 田中がいらんこと言ってた。


「てかさ、カズキの本命はどっちなわけよ?」


「は?」


 唐突に、どこからともなく発せられた質問。

 聞き返すも、誰が言ったのか、どういう意味なのか、わからなかった。

 そこにまた、別の誰かがワードを繋げる。


「お前、師匠に告白してたけどさー。こっこちゃんもめちゃくちゃアピールしてんじゃん?」


「……は?」


 その二人の名前が出たのですべて理解したが、やっぱり聞き入れたくない話だったために、もう一度聞き返してしまう。顔が引きつっているのがわかる。

 ほらな、こっこ。

 お前が冗談で好きだなんだと言ってるつもりでも、こんなところにも、そんな話を信じてしまうピュアリスナーがいるわけだ。

 帰ったら注意しなきゃな……。


 ……てか、そういえば、俺が師匠に告ったの全世界規模で周知だったわ……。

 そこにめちゃくちゃ焦ってる。

 モンスター相手に告ったのバレるのってなんか、ちんちん見られてるくらい恥ずかしいんだが……。


「ねーどっちなん?」


「なあなあ、どっちなんだよ。カズキ」


 どっちもあっちもそっちもあるかよ。

 俺は――。


 ――ピーンポーンパーンポーン。

 四面楚歌な状況を打破するチャイムが鳴り響く。……でもこれ、予鈴じゃないな。校内放送のチャイムだ。

 昼休みに鳴るのは珍しい。


『これより、全校集会を行います。生徒の皆さんは、至急、体育館に集合してください』


 そしてこれまた、珍しい事態になったぞ。昼休みに全校集会? なんだなんだ、変人でも侵入してきたか?

 みんな渋々といった様子だが、言われたとおりに各自で動き出す。教師も慌てたように駆け回り、急ぐついでに道行く生徒に「いそげいそげー」と発破をかけていた。


 俺としては、話題がうやむやになってくれたからうれしい限りなんだが……。

「もし不審者だったら頼むぞ! やっつけてくれよ!」とクラスメイトがニヤニヤしながら言ってくるが、それを俺に期待しない方がいい。

 俺は不審者の前じゃ、てんで、野球部に守られちゃう系お姫様になっちゃうもんで。




 そんなこんなで、全校生徒が集まった体育館。

 突然の集合にも関わらず、意外と早く整頓もできたように思う。

 といっても、すでに五時間目の予鈴が鳴って10分経ったくらいか。ここからは校長先生とかの話が長引くほど、授業しなくていい時間が増えるボーナスタイムだ。


 早速壇上にあがり、マイクをとる校長……。

 少しでも長くなることを期待する俺らをしり目に……。


 そんな校長の背後から、突如として、大量のクラッカーが弾けた。

 パァン! パァン! と大音量に、校長先生の持つマイクもその音を拾って、スピーカーも負けじとキーンと高い音を出す。


 誰もが耳をふさいで、何事かと、顔を上げた。

 壇上にはいつの間にか、校長先生を差し置いて、壇上でマイクを取る女性の姿があったのだった。


 彼女は黒髪にピンクのアシメカラーをしていて、パーカーをだぼっと着こなす、誰もが一度は目にしたことのある印象的な恰好をしていた。

 今やダンジョン配信を見ていなくても、その名前と功績は未だにニュースで取り上げられる。


 いや、こっこさん。

 なんであなたがここに……?


「いえーい! カズキ見てるー!? 私も来ちゃった! きみの学校に! しかもちゃんと許可取ってまーす! 偉い? 偉い?」


 偉くない。

 俺に許可取ってねーんだもん。

 どうしよう。これもう土下座させなきゃ気が済まない……。

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