28:表ダンジョン攻略RTA! その3

 本気を出した師匠の前では、雑兵の集まりなど、一分も持たなかった。

 師匠の炎に焼かれて、斬られて、30Fのボススライムは、断末魔も上げずに光の粒子となって消えた。


「さてさて。それじゃあ、こっこちゃん。こうなった以上は、魔力が続く限り、一気に階層突破していくわよ」


「よーし! どこまでもお供しまあす!」


 こっこの景気のいい返事に、師匠は口元を隠してくすりと笑って、嘆息気味に、言葉を付け加えた。


「ふふ、だからその、突き刺すような視線と殺気、抑えてもらえるかしら? あなたとはまた今度、相手してあげるからね」


「……えへっ! ごめんなさあい!」


 こっこは【カメラファンネル】の死角にいるため、どんな顔で、そんなおちゃらけた謝罪をしているのか、わからない。

 だけど前回の師匠との熱戦の時の顔を思い起こせば、まあ、予想できるってなもんだ。


 まったく、バトルジャンキーめ。

 俺より先に師匠とダンジョンに潜ったのだって悔しいってのに、師匠とのガチバトルも立て続けにしようだなんて、絶対に許さないからな!




 ――そして師匠は、宣言通り、雑魚モンスターなんて蹴散らして、一気に階層を駆け抜けた。

 まったく敵を寄せ付けず、39階。表ダンジョンでは35Fから【高階層】と呼ばれる地点となり、敵の種類も強さも段違いになるという。


 —―そして、【高階層】では時折、誰もがテンションを爆アゲしてしまう、最大イベントが発生する……!


「お、お、お姉さまっ!!! ストップ! ごめんなさい、ここはでも、マジでストップして! おねがい!」


「……ふう、どうしたの? こっこちゃん?」


 次階層はいよいよ40F。ボス戦だ。

 油断せず、英気を高めなければならない局面だ。

 しかし、そこでこっこに水をさされた。若干不機嫌な様子で、しかしこっこの忠告にきちんと耳を貸す師匠。

 皿のような目で、こっこを振り向いた。


 こっこは、表ダンジョンの踏破者とは思えないほど狼狽えていた。

 そして、彼女が震えた指先がさし示すのは……!


「……宝箱?」



――【コメント】—―

『宝箱じゃん!!!!!!!!』

『すげえええええ!!!!!』

『マジで【高階層】の宝箱!?』

『俺生配信で見たの初めてだわ……震えがとまらねえwwwwww』

『きたあああああああああああああああ!!!!!!』

『億万長者ガチャきたあああああああああああああああ!!!!!』

『落ち着けまだあわあわあわあわあわあわ』

『【高階層】の宝箱を開けることをゴールにしてる冒険者もいるというのにRTAであっさり見つけなさんな……』

――――


 こっこの指し示すものをカメラも捉え、コメントが爆速する。

 それは紛れもなく、宝箱だった……!

 正式にはダンジョン・トレジャーと呼ばれるが、見た目がまんま絵にかいたような宝箱だからみんなから宝箱としか呼ばれてない宝箱だ!


 うおおおおおおおおおおおおっ!?

 すげえ……! 俺なんて、二年も潜って、未だに一つも見つけたことないってのに!


 宝箱には夢が詰め込んである。

 ダンジョンで名の知れた冒険者、サトチーの言葉だ。


 ダンジョンの宝箱の中身は多種多様。定番としては金銀財宝だが、古代のロストテクノロジーとされる遺物や、、現代科学では解明できない謎の液体が入ったアイテム。魔法が付与された金属器などなど……。

 だがこれらは、せいぜい低・中階層から出現したものだ。


【高階層】で宝箱が発見された事例は、わずか7件しかない。

 しかしそのほとんどが、発見者に莫大な利益をもたらすものとなった。


 例えば最初の発見報告は、世界中で大々的に取り上げられたものだ。

 宝箱の中には、【ソロモンの指輪】が入っていたというのだ。

 これはダンジョンモンスターを使役することができるアイテムらしく、生配信にて実際にその効力が証明された。


 ネームド冒険者【モンスーテイマー・戸塗とぬらサトチー】の誕生であった。

 サトチーは様々なモンスターを使役しては、その生態を観察する系のダンジョン配信者として人気を博している。


 中には強力な【ユニークスキル】をその身に宿すこととなった冒険者もいるし、

単純に世界最大のダイヤモンドが中から出てきたので、もはや小国の国家予算並みの財産を手にして、引退した冒険者もいる。


 まあ、中身が単なるミミックで、まんまと餌食になった人も、一人いる。

 ともかく、冒険者にとって宝箱……とりわけ【高階層】に位置する宝箱は、人生を変える最大のチャンスでもあるのだ。


 そんなものが、今、目の前にある。

 俺も、リスナーの冒険者はもちろん、現場のこっこの心情はもっと計り知れないだろう。


 一人、すまし顔の師匠を除いて……。


「ああ、わかったわ。これを開ければいいのね? はい。あ、ミミックね。しょうもないモンスターだわ。えいっ。見た目のわりに、貧相な魔石ね」


 あっ。


「あっ」


 師匠が……本当に、いとも簡単に、あっさりと、宝箱を開け放った。

 こっこが待ったをかける隙さえなく、俺もまだ、ふわふわとした胸の高鳴りを堪能している最中……師匠はあっけらかんと、それが宝箱に擬態しているミミックであることにも気づいて、さっさと倒してしまった。




 この瞬間、こっこの配信がパンクした――。

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