27:表ダンジョン攻略RTA! その2

「21Fから、道中のモンスターの強さがワンランク上がるって言われてるんだけど、お姉さま、戦ってみて、どう思う?」


 20Fのボスモンスターを瞬殺した足で、休憩も取らずに階層を降り、疲れ知らずでバッタバッタとモンスターをなぎ倒しては階層を降りていく師匠。


 あくまでも師匠の攻略企画なものだから、手出し無用のこっこが暇を持て余し、定期的に雑談を投げかける。

 へえ、20F以降はモンスターがさらに強くなるのか。これはきっと、裏ダンジョンでも同様だと考えていいだろう。俺も気を引き締めないとな。


師匠がこっこを振り返り、同時に、こっこの隣を飛んでいる【カメラファンネル】に視線を向けた。日に焼けたような褐色の肌が、少しだけ汗ばんでいるのがわかった。

 こっこがすかさず、ペットボトルの水を投げ渡して、それで喉を潤してから、師匠は答えた。


「ふう。そうねえ。……言うなれば、親指の爪ってところかしら?」


「ん? お姉さま、もっかい」


 よくわからない比喩をかます師匠に、こっこもずけずけと聞き返す。

 師匠もとっさに出た言葉だったために、聞き返されて少し困惑していたが、クスッと自嘲気味に笑って、さっきの話を要約した。


「ふふっごめんなさい。例え話なんて、慣れないことをしたわ。ほら、これまでのモンスターが人差し指や中指だとするなら、まあ、確かに、親指くらいは頑丈ねって話だったのよ。うふふ」


――【コメント】――

『なるほど。わからん』

『モンスタージョークかな?』

『師匠が楽しそうでなによりです!』

『汗かいてるのエッッッ!!!』

『指を強さの指標わかる。俺師匠とシンパシー感じるわ』

『師匠手を振って下さい!』(ミラクルチャット:2000円)

『いやどういう意味よ』

────


 カメラに手を振る師匠が付け加える。


「ほら、爪切り……。親指って、他の指よりもちょっと固くて抵抗してくるじゃない? あんな感じよ」


 コメント欄が草まみれになったところで、いつの間にか、二人は30Fのボスへ挑戦するところまで来ていた。階層を降りるのが早すぎる。それも雑談を交えながら、散歩でもするように攻略していく姿はとても、ハンパなかった。


「お姉さま、ちなみにここのモンスターは、めちゃくちゃ早いから、気を付けてね!」


「そうなの? あなたとどっちが速いかしらね?」


「ふふん、そりゃあ――」


 こっこに決まってる。

 そしてそんなこっこの手数を捌き切ったのが師匠だ。

 こりゃここのボスモンスターも、話にならないな。


 とはいえ、俺は30Fのボスを見たことがない。実際にも、配信でもだ。

 観戦より実戦。そんな考えが俺に定着した頃は、こっこの配信ではまだ30Fに挑戦していなかった。俺はほとんどこっこの配信しか見ていなかったし、だからそこのボスモンスターがどんな姿なのか、見当もつかない。


 スピード自慢というのだから、四脚タイプか、それとも飛行タイプか。飛行だとしたら鳥系か虫系かでも対策は変わりそうだな。

 俺も裏ダンジョンの30Fでは、対策が必要になるだろう。まずは表の姿を見て、イメージを膨らませていこう。


—―かくして現れたのは、全身プルプルボディの、半透明の青さが清涼感を漂わせる……一匹のスライムだった。


「あら、かわいい」


 師匠がそんな感想を言ってる傍から……スライムはすでに、行動を終えていた……。


 —―いや、二体になってる……。


「あら?」


 うにょん。うにょん。と、分裂を繰り返すスライム。うにょん。うにょん。と倍々で増えていく。

 うにょん。うにょん。うにょん。うにょん……。


「ほら、お姉さま! 早く倒して倒して! 一匹一匹はダンジョンモンスターより弱いけど、一定の個体数になったらもう倒し切るの不可能になっちゃう! てか私たち、押しつぶされちゃうー!」


「へえ。面白い子ね」


 平然と言ってのける師匠だが、スライムすでに地面を埋め尽くさんばかりに増殖して、師匠もこっこも足首まで飲み込まれてしまっている。

 え、これ、大丈夫なのか?

 師匠が余裕ぶってるからまあ大丈夫なんだろうけど……俺の場合、ここからどう挽回するべきか。


 もし俺が師匠と同じ局面で、足までスライムに埋め尽くされているなら、まず【聖域魔法ホーリーサークル】のダンジョンマジックで大量殲滅を狙うかな。俺を中心とした範囲魔法だし、モンスターにはサークルから押し出されながらダメージも与えられる。ダンジョンモンスターよりも弱いってこっこが言ってたし、たぶんサークルの継続ダメージであっさり倒せるだろうとも推測する。


 しかし【聖域魔法ホーリーサークル】ってのは、初心者用のダンジョンマジックだと世間一般では言われている。これをセットして、30Fまでやってくる冒険者はほとんどいないだろうな。ここで倒しきれずに撤退したものなら、また15Fからやり直しだ。30F攻略用に【聖域魔法ホーリーサークル】を温存しながら、つまり魔法枠を一つ削って階層を登っていくなんて、なかなかできない。


 そして師匠も、【聖域魔法ホーリーサークル】を使えない。

 モンスターである師匠に、ダンジョンマジックが扱えないのだ。ヘッドセットに魔法をセットしても、師匠には扱えなかったようだ。

 しかし、その分、師匠には自前のエネミースキルがあるわけだが……。


「こっこちゃん、アレ、やっていいかしら?」


「あ、やっちゃう? うんいいよ! 私、隠れてるから、思いっきりやっちゃって!」


 二人でかるくやり取りを済ませると、こっこと【カメラファンネル】は師匠から距離をとった。

 お、なんだなんだと思っった瞬間――!


「――エネミースキル【赤よりも紅い朱マジェンタ・マジェンタ】」


  ──それは、炎だった。

 師匠を取り囲むように炎が突如として湧きあがり、師匠の肩から、もう二本の腕が生えたように、燃え上がる炎がそびえ立った。

 そして、二対の腕には、四本の炎の曲刀――!


――【コメント】――

『きたあああああああああああああああ!!!!!!!!』

『最強形態きたあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』

『師匠かっけええええええええええ!!!!!』

『ここで使うかあ!!!!』

『これがカズキが惚れた女の本気!!!』

『改めて見ると、よくこんなバケモノと互角に戦ってたなこっこ……』

『こっわwやっぱモンスターだわw』

『スライムに裏ダンジョンのボスが本気だしちゃったああああああ!!!』

――――


 画面越しにも伝わる、師匠の熱量……! 

 ふつふつと鳥肌が立つ。こころが、ドンドンと、俺の胸を叩く。


 ああ……俺も、あそこに行きてぇなぁ……!

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