25:振り回されっぱなし

 今朝は早くに家を出た。

 駅に向かい、少しばかり電車に揺られて、そこから10分歩く。

 普段なら、学校なんて遅刻ギリギリに登校するところを、今日に限っては始業一時間前に着いてしまった。

 寝てないから、寝坊しないってわけよ。


 いや……きちゃったよ。

 マジで。

 学校に……。


 —―師匠を連れて!?


「ここがカズキの学び舎ね。なかなか、簡素な造りだけど、趣があるわね」


 そんなどうでもいい感想を述べる師匠は、褐色の肌を紺色のブレザーとスカートで纏い、ワイシャツの襟には黄色のリボンネクタイを……。

 言ってしまえば、セーラー服を着ているというわけだ。


 姉ちゃんから借りた。少し胸のあたりに余裕がある気がするが、まあ体格差は仕方がない。


「「うらやましい……」」


 二人とも、そうぽつりと呟いたのを俺は聞いた……。


 シルクを束ねたような白い髪が、太陽の下に輝く。ダンジョンの中でしか見たことのない師匠だが、やはり、健康そうな色味をした肌と太陽はよく似合う。


 師匠に目を配るたびに、いまだに信じられずに呆然としてしまう。

 そんな最中、眩しくて目を細めていると、師匠がこちらを振り返った。目が合って、ドキっとさせられる。

 正直、コスプレ感が否めないが、それはそれで、なんか似合ってるのだ。


「どうしたの、カズキ。そんなに妾が愛おしい?」


「めちゃくちゃ恥ずいからそうやって茶化すのマジやめて……」


「あら、ごめんなさい。ふふっ」


 そんなんじゃないやい。ここからどうしようか考えてたんだい。

 だって師匠は、コスプレをしているいとはいえ、この学校の生徒ではない。というか、このセーラー服だって他校のものなのだ。ここよりも二回りくらい偏差値の高い高校の……な!


 というか学生でもなければ人間でもない。

 人の形をした……モンスターだ。

 というかモンスター素材だ。

 それも裏ダンジョン10Fのボスモンスターだ。あの芒野こっこに、表ダンジョンのラスボスよりも強いと言わしめたヤバい奴だ。


 母さんに相談したら、「あら、いいじゃない。連れて行ってあげなさいよ」と、まるで俺が犬の散歩を面倒くさがってる時のような口調で諌められた。


 姉ちゃんに相談したら、まあ前述の通りノリノリでセーラー服を貸してくれたわけだが、「十年前……吾輩もカズキに告白されたことあるんだからね!」と意味わからん対抗心を燃やされた。小一の時の話してんじゃねーよ!


「こっこちゃんもそうだけど、母も姉も、カズキの周りは面白い人間が多いわね」


「やっぱり? そうだよね? 俺がおかしいんじゃないよね?」


 師匠を連れ歩くのはマズい。そう思っていた俺の感性は、あの二人によって歪められてしまったわけだが、やはり師匠から見てもあいつらおかしいんだ。


「でもカズキ。あなたが一番、愉快だわ」


「ほげーっ」


 変な声が出た。師匠がくすくす笑ってるのでよしとする。

 ……さて。不本意ながらもオチもついたところで、いよいよ、どうすっかなあ。


 プランとしては三つほど考えたものの、はっきり言って、どれもあまり得策じゃない。登校中に即席で考えたんだからしょうがないにしても、自身のひらめき力の無さが恨めしい。


 まず一つは、普通に先生に許可を貰う方法。

 いやこんなん、聞かなくてもわかる。答えはノーだ。

 危険とされるダンジョンモンスターの校内侵入を許可する先生なんているわけない。てか、普通に通報されそう……。


 次に、じゃあこっそりというか、堂々とというか、あっけらかんと二人で登校してしまおうという作戦だ。

 バカなのか? 大騒ぎになるわ……。

 俺の隣に! 他校の制服着たコスプレ美女! モンスターじゃなくても騒ぎになるわ!

 そしてモンスターだとバレて通報ルート……!?


 もういっそ、師匠をぴしゃりと一喝して、外で待ってもらうしかないか? いやないな。

 高校の校門の前で、他校の制服を着たコスプレイヤーがいたら、お巡りさんが職質してくるのは火を見るより明らかだよ……。


 ……帰ろう。やっぱ無理。

 師匠を連れて登校はできん。今一回、奇跡的に成し遂げたとして、調子に乗った師匠はまた明日も来たいって言うぞ。身が持たん……。


「……さ、師匠。無事に学校に到着できたわけだし、じゃあ帰るぞー。街中見たいなら、一旦帰って着替えてから、連れてってやるから……」


「あれー!? カズキじゃん! 今日は早えーな!」


 突然に名前を呼ばれて振り返る。随分と聞き慣れた、頼もしい声だった。その声を聞けばたちまち俺は乙女になっちゃう……!


「お前らは……野球部!」


 そこには全員ボウズ頭で汗ダクになった泥まみれのユニフォーム集団がいた。先頭にいた同じクラスの田中が手を振っている。


 そして彼らは、俺の返事を待たずして、俺の隣の師匠に気づいた。


「あれ、まさか師匠じゃね?」


「は? まじ……本当だ! カズキの師匠だあああああ!!! すけえええええええ!!!」


「おいお前ら! カズキが師匠連れてきたぞ! 囲め囲めかこめええええええ!!!」


 な、なにいいいいいい!?

 急に野球部の奴らが一斉に走り出し、たちまち俺等を……囲んだ! うわ暑苦しい!


「うおおおおおお! カズキが勝利の女神を連れてきたぞ! わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!」


「え!? おいやめろ担ぐなおろせよ!」


「あっははは! 妾を、なんですって? 本当に、カズキの周りは面白い人間が大勢だな」


 野球部たちはそのまま俺と師匠を胴上げみたいな感じでわっしょいわっしょい持ち上げて、そのまま校内に突入してしまうのだった……。


 ──聞けば、野球部は日曜日、これまで一度も黒星を上げたことのない強豪校に初勝利。奇しくもそれが、俺が師匠の魔石を野球部連中に上げた直後の話なので、師匠の魔石にはご利益があるし、師匠は勝利の女神なんだとか。


 そして学校では、案の定、めちゃくちゃに騒ぎ立てられた。

 だけど師匠を怖がる声は嘘みたいに聞かなくて、みんな、俺と師匠の馴れ初めとか。俺が告白した場面とか……。

 そんな話で茶化しまくるのだった……。


 ……まあ、先生方はやはり、難しい顔をしていた。

 だけどモンスターが地上に上がることなんて理論上は不可能で、現にこれまでなかったし、そして、それを取り締まる法律もないのだという。


 だからその日は結局、今日限り目を瞑るという感じで、うやむやになった。

 師匠の柔らかい口調と、モンスターとは思えない礼節をわきまえた言動も功を奏した。




「──なんてことがあってさ。今日はすげえ疲れた」


 夜。ダンジョンに潜ると、こっこがいたので、そんな出来事をのんきに愚痴った。

 するとこっこは、唇を尖らせて、俯いてしまったではないか。


「……るい……」


 るい?

 小さく聞こえた言葉の意味を理解できない。

 だが聞き返す間もなく、こっこは途端に、憤りを爆発させた……!?


「ずっるーい! 私もカズキの学校に行くーっ!!!」


 はああああああ!?

 これ以上ダンジョンの面倒事を現実に持ってくるんじゃねええええ!!!


 ……という俺の叫びは、きっとこっこには届いていない……。

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