24:困らせ師匠
客室のドアを開けると、そこには、俺の私服を身にまとう師匠がいた。
時刻は早朝5時頃。おはようだ。
師匠はベッドの上で上半身だけを起こして、どこかほわほわと、状況の理解が追い付いていない。
褐色の肌に、シルクを束ねたような白い髪は、【受肉】状態のままの師匠だ。
赤い双眸が俺を見る。
「カズキ……? どういうことか、説明してくれる?」
「……簡潔に言うと、師匠を倒したら、師匠がドロップしました」
「意味が分からないわ」
「俺もだよ……」
――師匠をドロップして、これからどうするかしばらく考えた。
こっこが【白鷲の羽】を忘れてきたので、俺が一旦戻って、またこっこ分の【白鷲の羽】を持ってこなくちゃならない。しかし、また1Fからスタートするのは面倒くさい。
それに、気を失ったこっこを置いていくこともはばかられる。
だから、中間ワープ地点である15Fまで進むことにした。
こっこも師匠も運びながらの移動は大変だったが、師匠を克服した俺にとって、もはや敵ではないタイラントマンティスも退けて、意外にもあっさりと、それは叶えられた。
こっこ叩き起こして、自室に帰って、そのついでに師匠ベッドに寝かせて、【白鷲の羽】二枚持って15Fへ舞い戻る。
こっこは「自分の足で15F来たかったのに!」と駄々をこねていたが、状況を悪化させた諸悪の根源に慈悲はない。
……まあ、結果的に、師匠を克服できたから、そこは感謝しとく。
「あれ? そういえば私のカメラは?」
……【カメラファンネル】、おいくら万円でしたっけ?
カメラの賠償ついでに、今度また、全て俺のおごりで買い物に付き合うことを約束して、こっことは別れた。
まあ、結局、こっこ的にはめちゃくちゃいい絵が撮れただろうし、カメラの弁償はともかく、おごりはキャンセルだ。
「不思議な感覚だわ。あれほどあなたを殺したかったどうしようもない衝動……それが全くないの。いつもなら、その顔を見た瞬間、すぐにでもくびり殺したくなってしまうのに」
「師匠。めちゃくちゃ酷いこと言ってるからね?」
「事実ですもの。でも……今はほら、こんなにも慈しんで……カズキ。あなたに触れられるわ」
ベッドサイドにたたずむ俺にそっと手を差し出す師匠。俺も、師匠の意図に応えて、手を差し出した。
手を取り合い、本来ならモンスターである師匠の膂力によって、たちまち俺の手は握り潰されているだろうはずなのに、いまだ健在なのだ。
師匠は、モンスターを超越した。
そして手を握り潰す代わりに、ぐいっと引っ張って、俺をベッドへと引き寄せてきた。
「うわ」
「カズキ。妾はあなたのなに?」
「へ? い、いや、そりゃ師匠は師匠……」
赤い双眸が真ん丸に、俺を見つめる。顔が近い。
おずおずと、なんとか絞り出した無難な答え。しかし、師匠はそれをすぐさま否定した。
「違うわ。妾は、あなたの、【所有物】よ」
自分が生唾を飲む音を聞いた。
まあ、現状、師匠を分類するならモンスターでもなければ、人ですらない。……ドロップアイテム。モンスター素材だ。
そして、俺が師匠を倒すことで手に入れたわけだから、モンスター素材の所有権は俺にある。
そして師匠には、人権すらない。
そうだ。立場でいえば、犬のトシゾーよりも低い。モンスターは動物愛護の範疇にない。
もしかしたら師匠にとって、地上はむしろ、ダンジョンよりも危険な場所かもしれないのだ。
最悪な事に、師匠がドロップしたことはすでにこっこのチャンネルで生配信されちゃってる。ついでに俺の通う高校も割れてるし、過去には実際に行動力のあるバカに出待ちされたこともある。【芒野こっこファンクラブ】という名の異常者集団……。
「……師匠は、俺が守るよ」
「今まで妾を殺し続けてきたあなたが言うと、説得力が違うわね」
「茶化さないでよ。マジで言ってんだから」
「いいわ。期待してるわね」
だけど問題なのは、今回の件は、余りにも前代未聞すぎる現象だということだ。
地上に、生きているモンスターがやってきた。
原則として、モンスターは地上で活動はできない。
モンスターとは、ダンジョンという特殊な環境でのみ存在できる生物……というより、そもそも生物学的には生き物じゃない。
ダンジョンに充満する魔力が、魔石として結晶化するとき、それを保護する外殻として、これもまた魔力によって構成される……【現象】なのだ。
と、偉い専門家の先生がテレビで言っていた。
そしてダンジョンの魔力とモンスターの肉体は循環していて、それが魔力のない地上では、モンスターの肉体からは魔力が漏れ続けるだけになるために、すぐに消滅してしまうのだという。
理論はこうだ。
だが実際に、師匠はここにいる。
魔力が漏れ出しているだとかもないし、消滅もしない。
ようするに、よくわからんってことだ。
そしてこのよくわからん事態を、たわからんままで終わらせたくない人達は少なからずいる……。
モンスターが地上に現れたなんて、まあ……普通に大問題だしな。
……つい「守る」なんて軽々しく口をついてしまったが、どうしよっかなあ。
まあ、なるようにしかならんか。
学校いこ……。
「それじゃあ師匠。俺、学校あるから、帰るまでトシゾーや姉ちゃんと遊んでてくれ」
「あ、妾も行くわよ。学校」
「……え?」
なんで?
「ちなみ嫌だと言ってもついて行くから。なんせ妾、カズキの所有物だし。常にそばに居させても貰うわよ」
うふっと笑って、なんとも俺を困らせて、嬉しそうな顔をする師匠だった。
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