22:師との別れ

 こっこが才能開花させたユニークスキル【画角になんてドリーム収まらないドライブ】の特性は、その残像性能にあった。 目に見えるこっこは、すでにそこに存在せず、よって相手は、常にワンテンポ遅れで対処しなければならなくなる。

 感覚的に、視界に映るこっこは、ざっと0.5秒前の映像のようだった。


 師匠にとってみれば、近づいてきたと思えば、既にこっこは目の前にいるし、攻撃動作を見極めたところで、既にこっこは攻撃を完了させているのだ。

 それでも師匠は、0.5秒前の動きから、その後に繋がるパターンを即座に分析し、【画角になんてドリーム収まらないドライブ】に対処してみせた。


 最初に切り落とした腕も炎の後付けアームだったためにすぐに再生して四刀流は健在。

 三本の曲刀で三パターンの受け流し行動を取り、一本で反撃に出ていた。これにはこっこも、苦笑い。「なんでついてこれるのよ! ムカツクー!」とぼやいてた。言いつつ、そのカウンターにも更にクロスカウンターを被せてのけるのだから、恐ろしい。


 二人とも、すげえ……。

 まさに接戦。


 カメラが壊れたことでリスナーウケを意識しなくなったこっこの躍動感も凄まじく、だが師匠の、最高八連続・・・・・の縮地による炎の暴走超特急も負けじと縦横無尽に駆け回る。隙を見せると俺にも斬りかかってくる恐ろしい通り魔と化した。


 ――そして決着の時。

 師匠がパワーアップする以前のように、こっこの双剣が師匠の曲刀を挟み折り……だが、既に師匠のもう三本の曲刀が、三方向からこっこを捉えた!


「エネミースキル発動……【初見殺し】だおりゃあああーっ!!!」


 うおおおおおおっ!!!

 こっこがその呪文スペルを唱え、両手を広げてグルンと大回転! プロペラのように師匠の攻撃を弾いた瞬間……!

 残りの三本も、一気に砕け散った! これは裏ダンジョン1Fのゴブリンのエネミースキルじゃねえか! こっこも裏ダンジョンの魔石を埋め込んで、エネミースキルをゲットしたのか!


 しかもこんな、ここぞという場面まで、俺にさえ! 一切使う素振りを見せなかった!

【初見殺し】は三つの複合スキル。武器を破壊する【ウェポンブレイク】。防具を破壊する【アーマーブレイク】。そして起死回生の【不屈の闘志】……。


 師匠の炎の腕も消し飛んだことから、腕も武器または防具として判定されたようだな。炎に隠された褐色の肌があらわとなり、それは師匠のエネミースキル【赤よりも紅い朱マジェンタ・マジェンタ】が完全に解除されたことを意味する。パワーダウン。武器もなし。


 この勝負──されど、師匠の勝ちだ。


「あー! もーむり! 一歩も動けないよー! 体力、ゼロー!」


 あと一手……というところまで来て、とうとう、こっこのスタミナが枯渇した。

 プロペラ回転を終えた後のしゃがみ込んだ姿勢のまま、天を仰いで、汗だくで、ひゅーひゅーと酸素欠乏の呼吸音で、最後の力を振り絞って、うわーんと泣き言を言い放ったのだった。


「お見事。こっこちゃん、思った以上に、この結末は予想外だったわ」


「えへへ。ありがとうございます! カズキのお師匠さん! ……いえ、お姉さまー!」


「あらら。妾をお姉さまですって? かわいい子ね」


 二人の間に、何かが芽生えたっぽい。

 そのまま動けないこっこに、師匠が悠然と近づくものだから、健闘を称え合うものだと勘違いしそうになるが、ここは残念ながらダンジョンで、相手は10Fのボスなのだ。

 武器を持たない師匠であっても、その腕力は簡単にこっこの首を捻じ切れる。


「はいはい。お二人さん、そこまで。師匠もこっこも、もう充分だろ。込み入った話はまた後日ってところで、今日は解散にしようか」


 なので俺は、二人の間に割って入ることにした。

 二人とも、怪訝な顔をしてみせる。なんでだよ。


「ちょっと、カズキ! いまお姉さまとイイトコロなんだから、もうちょっと待ってて!」


「そうよカズキ。この状況を見てそんなお門違いな行動を取っちゃうなんて、わが弟子ながら情けないわね」


 前門の師匠。後門のこっこに睨まれ、やるせない気持ちになる。いーやマジで意味わからん。

 かといって、このまま師匠の虐殺とこっこの惨殺死体を拝むのはマジかんべんだから、そんな二人のわがままなんて聞いてあげません。


「戦いの熱が冷めやらないのはわかるけどよ。ちょっと冷静になれ。特にこっこ! お前このままじゃ殺されるんだからな! わかってる!?」


「違うよカズキ! 私たちの勝負は……まだ終わってない!」


 な、なに!?

 しゃがんだ姿勢のまま動けないこっこに対して、武器はないまでも【受肉】状態であることには変わらない師匠。体力的にも、既に動き出している師匠に分がある。

 こっこに勝ち目はない。

 というのに、何を言い出すんだこの子は。


「カズキ。エネミースキル【初見殺し】は複合スキル。その中には【不屈の闘志】がある……この体力ゼロの状態であっても、いざというときは、【不屈の闘志】が身体を突き動かす……はずなの!」


「……はずなの?」


「だって【不屈の闘志】のエネミースキルを使った人間なんていないし! 憶測でしかないけど! でもそれができるなら、この瞬間こそ最後の最後! お姉さまが私を殺すか、私がお姉さまの首を掻き切るかの最後の分け目なの!」


 なるほど。こっこはこの、最後のスキルにかけるってわけか……。

 師匠もそのことには気づいていたようで、うむ。と一つ頷いた。


 はい。ダメー!

 スキルが発動するかどうかも分からないのに、発動したとして、それでも勝てるかどうかわからない。その上、負けたら死ぬ! ハイリスクすぎるわい!


「はいはい師匠。もうおしまい! トドメさすぞー!」


「仕方がないわね……って、あら? カズキ、後ろ……」


「へ?」


 振り向いた瞬間、俺は反射的にお辞儀をした。身体が「そうしろ」と命令したのだ。俺はそれに従ったにすぎない。


 すると、俺の髪の毛が、ハラハラと何本か地面に落ちていくのを感じた。

 なぜ?

 顔を上げれば、立ち上がったこっこと、ぴんと張り詰めた手刀を伸ばすこっこの脇の下が目の前にあった。


「ほら! できた! 動いたよ! ね! ほらカズキ! ほらあ! できたじゃんー! ……がくっ」


 あろうことか、こっこは今、【初見殺し】に搭載された【不屈の闘志】がちゃんと作動するか、検証してみせたのだ。

 俺の背中に。

 師匠が教えてくれなきゃ頸椎イってたんじゃねってくらいの恐ろしいキレのある手刀だった。

 満足げな笑顔で、こっこは気を失った。


 なにすんじゃい! ――と思ったのと同時に、俺の、なんともまあ隙だらけの姿を想像した。

 この隙を、師匠が見逃すはずがない――!


「うおおおおお! あぶねええええっ!」


「あら、相変わらず、よく避けるわね。首を捻じ切るところだったわよ」


 師匠がヘッドロックかける寸前だったあああ! バク転するようにするりと難を逃れ、ククリナイフを構える。あまり距離を置くと、今にもこっこがやられるんだもの。この近場で、一気にかたをつける他ない!


「いくぞ師匠! それからこっこは後でお仕置きだからなあああ!」







【side:スケルトンキング】


 常々、思う。

 ――妾の弟子、避けるの神懸かりすぎじゃね?


 こっこの不意打ちも、妾が一言注意を添えたとはいえ、完全に認識外からの攻撃を即座に、理想的な形で避けた。

 その後の妾の攻撃なんて、確実に殺すつもりでしかけた。だというのに、まるでコメディのように回避する。


 思えば、初めて潜ったのがこの裏ダンジョンだというこの男。表ダンジョンの百倍以上も強力で凶悪なはずなのに、ケロっと今まで生き延びているというのだ。端的に言って、奇跡だ。


 でなければ、天賦の才能だ――。




 妾は、愛弟子を見上げて、口を開いた。


「カズキ。楽しかったわ」


「はい。師匠……!」


 自分でトドメをさした、ただ光となって消えるのを待つばかりの妾に膝枕をして最期を看取る愛弟子。なかなかの異常性だ。

 妾は何も教えちゃいないのに、ただこの男を殺そうとしただけなのに、そんなモンスターを師匠などと呼ぶことも、普通に頭のネジが外れてる。

 ……まあ、このダンジョンは、それくらいぶっ飛んでいて、ちょうどいい。


「師匠、俺……師匠のこと、好きでした」


「ふふふ……。それはさすがに、狂いすぎね。異常者はダンジョンの好物よ。モンスターを好きになるなんて、バカげたことを口にしちゃダメよ」


「仕方ないだろ。今しか言う機会ないんだから。こっこは気を失ってるし、カメラも壊したし……もう、10Fにはこないから」


「そう。じゃあ、最後の思い出に、キスでもしちゃう?」


 光となって消えそうな手を伸ばす。

 もう力は入らない。殺す力なんてない。だから安心して、カズキに触れることができた。

 両手で頬に触れて、引き寄せる。バカ弟子は身を任せて、むしろ急くように、私の顔に、顔を近づけた。


 カズキと会えるのは、これで最後なのかと思えば、妾も無性に、心が急く……。

 初めてカズキとここまで優しく触れ合えることができた。それが、こんなにも嬉しいということに気付けたというのに、これが最初で最後だなんて……。


 なんだか、もったいないわね。

 こっこちゃんが羨ましく思う。これからも、カズキと一緒にいられるんですもの。

 

 できることなら、妾も……。

 意識が薄れていく。いつもの感覚だ。カズキに倒される……光と消える……暖かな感覚……。


 次に目を覚ます時は、きっと、こっこちゃんがライブ配信でもしながら、妾への完全勝利を掲げて現れるんでしょうね。


 でも、目覚めの一番は、またいつものように、カズキの顔が、見たいわね…………。





 ……だが、目を覚ますと、そこには誰もいなかった。

 いや、いるには、いる。だがそれは、人間ではないモノだ。


「ワン」


「……いぬ?」


 大きくもふもふで、丸い眉毛のような模様をつけた秋田犬が、おすわりして妾を見ていた。

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