21:引きずり出す

 師匠がエネミースキルを使用する前までは、俺はまだ、横目でコメントを追ったりもしていた。


――【コメント】――

『こっこやべぇええええええ!!!』

『いや危険じゃね? 完全にダンジョンズハイじゃん。引き際間違えてんだろ』

『今まで見たこっこの中で今が一番輝いてるのは確定的に明らか。今日これ見れてよかったわ……』

『カズキくんお願いしますこっこを止めてください!』(ミラクルチャット:5万円)

『これこっこ死ぬくね? いや勝ってる? どっち? わからん』

『俺は師匠派』

『師匠美しすぎる件』

『美少女のこっこ。美貌の師匠。モブのカズキw』

『この配信いつからトリオになったんですか?』

――――


 本当に、画面の向こうでは呑気なものだ。

 しかしエネミースキルを発動した瞬間、もうコメントの流れが急速すぎて、それ以前にもう彼女達から目が離せなくなってしまったために、今じゃどんなことになっているのかわからないでいる。

 それは家に帰ってから確認するとして……。


 ……現在、こっこは劣勢だ。

 師匠の腕が四本になり、オマケに四本すべてに、曲刀を握っているんだもの。分が悪すぎる。


 こっこは双剣。二刀流だ。それで一刀流の師匠と互角だったというのに、今の師匠は炎の腕を二本生やし、そして炎で作った四本の曲刀を奮う。四刀流だ。

 さらに……師匠の炎は、炎本来の脅威まで併せ持っている。

 灼熱を帯び、たちまち燃え広がり、浸食し……体力を奪う。


「まだ……まだまだあ!!!」


 ポーションを頭でカチ割り火傷や諸々の裂傷を治癒。荒ぶってるな……。破れかぶれとでもいうのか?

 とにかく、こっこは今、かなり焦っているように見える……。

 焦りは油断を生み、希望的観測で物事を捉えがちになる。そして思い込みがハズレて更に追い込まれると、より自分が思い描いた希望にすがりたくなる……。ドツボに嵌っていく……。


「こっこ! もう限界だ! 俺も参戦するぞ! いいよな!?」


「だめえ! こっち来たら許さないからねっ!」


 くそ……! これだもんな!

 今だって最早、師匠の攻撃を避けるだけで精一杯。攻撃に転じることができていない。

 師匠の縮地は、第一形態時よりも格段に精度が上がっている上に、見た限り、最大で六連続も繰り出せている。これは現状での最大回数というだけで、それ以上の連続使用も十分に考えられる。


 というか、よくまあ師匠の縮地連打をあそこまで躱せるものだ。

 いやギリギリで避けきれてないからダメージは着実に増えていってるんだが、決定打は辛うじて避け続けているのだ。全てのダメージが、ポーションで回復できる範囲内に収まっている。

 だからこそ、俺も、まだ、救援を躊躇していた。


 このままじゃいずれ殺される。誰が見たってそう思えるのに、こっこの危なっかしい戦いに、俺はすっかり魅了されていた……。

 何かやってくれそうな予感……期待? いや、違うな。


 これは、確信だ。

 こっこを見ていると、どこか確信めいた期待があるんだ。

 まるで脱皮……または、蛹が羽化するような……? いいや、しっくりこないな。これはもっと未知の興奮があって、とても魅力的な……。


 才能……開花……?

 

「きゃああああああっ!」


 あっ……しまった、反応が遅れた!

 ついにこっこが大ダメージを負ってしまった。左腕を深く切り裂かれ、だらんと力を失った手からは剣を落としていた。

 もう終わりだ。これ以上はもう……!


「ま、だ、まだ……! 私はもっとやれる! こい! ぶった斬ってやるんだからあっ!」


「こっこ……!」


 なんて、もどかしい……!

 そしてきっと、このもどかしさを一番に感じているのは、こっこ自身なのだ。

 彼女もきっと、自分の内に眠る才能の蕾が、咲きかけていることに気が付いている。


 だけど、足りない。何かが……!

 これ以上ないってくらい本気になって、過去最高の力を振り絞って……それでもまだ、掴めないのか……!?


 本当に……あとちょっと、些細なきっかけでもあれば、一気に開花する気がするんだけどな。

 あとほんの少し、背中を押してやれば……。


「いや、もう限界だ。俺も参戦するぞ! いいな、こっこ!」


「やだあ!」


「聞けないね! こっこが死ぬのもそうだし、師匠が人を殺すところなんて見たかねーんだよ! だから俺が師匠と戦ってる間にちょっと休め! 回復しろ! そしたら二人で一斉にやるぞ!」


「……ううーっ!」


 悔しそうにうな垂れるこっこ。下唇を噛んで、涙をこらえているようにも見える。俺、こっこに嫌われちゃったかな……。まあ憧れの人の命に比べりゃ安いもんだ。


 さ、ここからは俺の番だ。

 こっこのようにうまくできるかわからないが、俺にはこれまで散々、師匠と戦ってきた経験と実績がある。【受肉】した状態の行動だってある程度把握してるし、さらにパワーアップした今の姿だって、こっこが十分に動きを見せてくれた。

 ようは師匠は、師匠なのだ。それがわかれば、勝機もある。

 

「おや。ようやくカズキと戦えるのね。とはいえ、さすがの一番弟子でも、今の妾に勝てるかしら?」


「勝つさ。今それを証明――いでぇっ!?」


 刹那、後頭部に衝撃!?

 思わず前につんのめって……この隙を、師匠が見逃すはずがないっ!


「うおおおおおおおおおお! あぶねええええええええええっ!?」


「本当に危なかったわね。首から上を輪切りにしていくところだったわ。何してるのよまったく」


 何してるって、俺じゃねえ!

 後頭部の衝撃は、すぐにわかった。


 体力がみるみる回復したのだ。

 これは間違いなくEXポーションの効果……!


「こっこコラァ! なにすんじゃい!」


「え、あ、ご、ごめん! まさか気付かないなんて……! ホントごめーん!」


「死角だし! 味方いる方向だから安心しきってるし! 声掛けもないし! 気付くわけ……」


 死角……?

 そういえば、こっこはいつも、魅せ場をつくることを欠かさない。

 その戦いぶりは爽快で刺激的ながら……いつも、カメラの中に納まるように立ち回っているのだ。多少豪快に動きすぎて画角から外れるときがあっても、すぐにカメラの前に戻ってくる。


 それは配信者としてもちろん正解だし、そもそも、画角から外れること自体が異常なのだ。カメラファンネルはモンスターに壊されないように、戦場から遠巻きに設置されるし、カメラは常に使用者に向くように設定されてある。

 画角から外れること自体が異常なのだ。


 もし……その異常性が、本来のこっこのキャパシティだとしたら……?

 もしこっこが、カメラを意識しないで戦えたなら……?


「こっこ!」


「はあい! ごめんなさい! ごめんなさあい!」


 その謝罪はもちろんそうだが……俺の方こそ、ごめん!

 あてが外れてたら、勘弁してな?

 俺はククリナイフから弓に持ち替えて――矢を放つ。壁際で待機しているこっこへ向けて!


「へ!? ちょ、カズキ!?」


 矢はこっこへまっすぐ飛んでいき……急カーブ! 射る前に矢羽を毟って、意図的に軌道を変えた。その矛先には――【カメラファンネル】!

 直接狙っても高性能AIが瞬時に回避行動をとってしまうんだよな。だからこうして、不意打ち!

 狙い通りに、【カメラファンネル】を側面から串刺しにしてやった! 勢い余って壁にも突き刺さり、モズの早贄を彷彿とさせる。


「ええええええ!? 私のカメラあああ!?」


「こっこ! 今はカメラもリスナーも忘れろ! お前を見てるのは、俺だけだ! 俺だけに全てを見せてみろ!」


「え……!? なに、カズキ? なに言って……? 怒ってるの?」


 ……ダメか。予想が外れた。

 こっこはおろおろするばかりで、さっきの行為に俺が怒って八つ当たりしてると思ってやがる。


 残念だ。

 今じゃなかったのかもしれない。もっと経験を重ねて、裏ダンジョンにもっと慣れてきた時こそ、開花の時だったのかもしれない……。


 ――だけど今、このもどかしさは!

 どうしてくれんだ!?

 せっかくここまで来て! あと一歩というところで不完全燃焼!?


 もったいない――!

 こっこの才能が、埋もれてしまうのが、もったいない!!!

 というかこんなにお膳立てさせておいて、オアズケだと!? ふざけるな!

 俺は今すぐ見たいんだ!


「こっこぉ! もう我慢ならねぇ!」


 縮地でこっこの前まで瞬時に移動し、びっくり仰天して目を丸くするその可愛い顔を、両手でグイっと抑え込む!


「うぎゅ!」


「もっと見せろ! 俺に! お前の全てを! さらけ出せ!」


 ――俺の中で何かが弾けた。

 身体中に血液が巡るのがわかるほど研ぎ澄まされる。

 これは確信めいた予感だ。

 こっこに対するもどかしさが、俺の中でピークに達した瞬間……。


 才能が花開した。


 俺の――。


 そしてそれは、きっとこっこにも……連動する!


「ユニークスキル発動! 【才能開花】――! お前のポテンシャルを、引きずり出してやる!」


 これが俺の、俺だけのユニークスキル!

 内に眠る才能を、呼び覚ます――!


「ああ――っ!?」


 一瞬、こっこの瞳が白黒した。

 ブルっと一つ身震いして……そして、こっこは、俺の前から姿を消した。


「な――っ!?」


 師匠の驚愕の声が背後から聞こえて振り返る。

 そこには、師匠と対峙するこっこの背中があった。そして、俺の目に映るのは、既に師匠の炎の片腕を切り落とした後だった。


「ピースの足りないパズルを延々と解いていたような不快感の中……それが今、ふと、天からピースが一つ、降ってきたの」


「……わかるわ。その気持ち」


 こっこが顔を上げる。

 師匠がにこりと頷いた。


「めちゃくちゃきもちーね。これ……」


「そう――ねっ!」


 こっこの顔に三本の曲刀が襲い掛かる。

 当たったかに見えた。だがそう見えたのは、こっこの残像で、既に彼女は、師匠の背後に回っていたのだ。


「ユニークスキル発動。【画角になんてドリーム収まらないドライブ】」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る