19:死線

 俺が初めて師匠と出会った時。つまり、俺が初めてボス戦に挑んだ時だ。 スケルトンキングの攻略情報は予習してきていた。


 まず、初手は必ず玉座に座っている状態でスタートするので、動き出す前にボコボコにすれば楽勝で勝てる。というもの。


 試してみたら、突然雷が天井から降り注ぎ……スケルトンキングは、【受肉】した。

 第二形態とか聞いてねえよ……! とか思いながら距離をとる。

 そして様子見で、ほんの牽制のつもりで、【麻痺魔法パラライザー】を放ってみたのだ。

 魔法は見事に命中。


 ――だが、距離を取ったはずなのに、気付けば奴は、目にも止まらぬ速さで俺の眼前に迫っていたのだった。


 たまたま俺の正面から近付いてきてくれたから、運よく【麻痺魔法パラライザー】が当たってくれただけ。

 スケルトンキングの弱点魔法だと聞いていたから、試しに【麻痺魔法パラライザー】を放つことにしただけ。

 そもそも雷に驚いて飛びのいていなければ……。


 でなければ俺は、死んでいた――。

 既に、肩口に、奴の曲刀が減り込んでいるのだ。


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 ダンジョン探索で、これまで何度も、幾度となくダメージを負ってきたつもりだった。

 死線を潜り抜けてきたつもりだった……!

 だけどこの痛みは、今まで感じてきたどの痛みとも違う。全く別ジャンルの激痛――!


 死に迫る痛み……。

 今、この瞬間こそが……、死線……! 

 そして俺は、運良く、それをくぐり抜けた……。命を拾ったのだ。


「【白鷲の羽】えええっ!!!」


 スケルトンキングの麻痺効果が解ける寸前でビビリ羽。……ビビリ羽とは、強いモンスターに遭遇した場合に、さっさと【白鷲の羽】を使って敵前逃亡を謀る行為の蔑称だ。

 そんな脳天気なリスナーの戯言に惑わされ、無闇に命を落とす配信者も少なからずいるらしいが……。

 

 その日は自室に帰還しても震えが止まらず、いつまでも……、殺しそこねた俺を口惜しそうに睨む赤い双眸を思い出しては、心臓の鼓動を抑えられずにいた……。

 シルクを束ねたような白い髪の一本一本の揺らめきさえ、今でもなお、思い出せる。

 ダンジョンは地下だってのに、頭上に太陽でも登っているのかと錯覚するほど、健康的な褐色の肌。鍛え上げられたスレンダーな肉体……。


「めっちゃタイプだった……」


 また会いたいと思った……。

 だけど俺は弱い(と当時は思っていた)……。動画で見た通りの初手滅多打ちで倒せるだけの力も技もセンスもない(最近まで本気でそう思っていた)。受肉した第二形態と渡り合える戦闘力がない(これはその通り)。


 だから、強くなりたかった。少なくとも、スケルトンキングの第二形態を手玉に取れるくらいには……!


 だからまずは、第一形態を攻略する。そのために、10Fには何度も挑み続けた。

 いつしか、スケルトンキングとは会話が可能であることを知って、師匠と呼ぶようになって……。


 骨状態の師匠をある程度攻略出来るようになっても、それでも戦いが長引いて【受肉】させてしまう事があれば、普通に削りすぎてそうなることもあって……たまにわざと【受肉】させてみたりしてな。


 まあそうなれば、どうしてもビビリ羽で逃げてしまうんだけど。

 ある程度は戦うことはできるようにはなったが、すぐに無理だと察して逃げてしまう。


 最初に見た師匠のインパクトが、あまりにも強すぎて……。

 半ば、すり込みのようだったと思う。頭ではいくらでも、第二形態の師匠との戦いをイメージしていたのに、絶対に勝てないと自分の中で決めつけていたのだ。




 ──そして今、目の前で繰り広げられている出来事は、確実に初めて師匠と会ったとき以上の衝撃だった。


 師匠とこっこが、斬り合っている。

 こっこが師匠と、渡り合えている……!?


「おりゃあああああっ!」


 怒号と共に、こっこが左右の剣を振り乱す。師匠はそれを、曲刀の側面で受けるが、こっこの手数が尋常じゃない。

 いや、これ、こっこが圧してるんじゃ……!?


「わお、凄い。思った以上ね、芒野こっこ。……自分の猛攻、あなたも受けてみる?」


 師匠が、受け流す角度を変えた!

 こっこの弾かれた攻撃が自分に向かう!


「わ、わ、わ! そんな事できるの!?」


 こっこは自身に向かう自分の攻撃を避けつつ、しかし攻撃の回転率は著しく低下した。師匠はその隙に転じてこっこに斬りかかる!

 反射された自分の攻撃と、師匠の攻撃が、いっぺんに襲い来る。こっこは流石に全てを避けきれず、だが、うまく急所への攻撃は防いで、被害を最小限に抑えた。


「ダンジョンマジック発動! 【麻痺魔法パラライザー】!」


「縮地! ……それ、苦手なのよね。やめてくれるかしら?」


 魔法を察知して、縮地で飛びのく師匠。だがこっこはさらに追いすがる。何かを上空に放り投げ、一瞬、師匠の視線がそちらに向いた隙をついて急接近。縮地ほど素早くはないが、一足飛びで、瞬く間に、師匠が引き離した距離をゼロにしてみせた。


「ねえカズキのお師匠さん! さっきのもっかい、やって見せてよ! 次はきっと私が勝つから!」


「あらら、大した負けず嫌いのお嬢さんだこと。受けて立つわ」


 そして再び、こっこの双剣と師匠の曲刀がぶつかり合う。

 こっこはさらに、さっきよりもギアを上げてきた! スキルも使用し、一気に畳みかける!


「ダンジョンスキル【夢想乱舞】発動!」


「この土壇場でスキルに頼るのは……青さが出たわねっ! 妾はスキルも受け流せる――!」


 なにっ! 師匠を【受肉】させたスキル。こっこが名誉挽回のために、それと同じスキルを使用する、ここぞという場面だ。こっこが使うのだから、絶対にこのタイミングがベストだと確信を持って使用したはず。

 だが師匠は、そこまで想定していた。落ち着いて、こっこの更なる連撃を受け流し、なおかつ先ほどのように、彼女に向けて攻撃を反射させる。


 こっこは、避けない。スキルには各々決まったルーティーンが存在し、ルーティーンから外れた動きをするとスキルがキャンセルされてしまう。

 だからなのか、それとも避けようがなかったのか。ともかくこっこは自身の攻撃に身を削り、血を吹き、それでもスキルを維持したまま、師匠を徐々に追い詰める。


 ――いや追い詰められてるのは、こっこの方だ!

 ダメージを負った肉体じゃパフォーマンスは落ちる。こっこの連撃も勢いが弱まってしまった!

 そこへ師匠の、反撃も合わさり――!


「まあ、頑張ったわね。【受肉】した妾とここまで張り合えるとは思わなかったけど、これならカズキを任せられそうね。あ、妾の攻撃は、全力で急所を避けるのよ。じゃないと、死ぬから」


 袈裟切り一閃。

 師匠の曲刀がギラリと鈍い光を放ち、こっこを斜めに切り裂いた。

 ――モロに、食らってんじゃねぇか!


「こっこォ!」


 思わず声を張り上げたその瞬間、カシャンと、何かが割れる音が小さく響いた。

 それは突如、こっこの頭上に落ちてきて、袈裟切りをモロに食らって致命傷を受けた彼女が避ける間もなく命中……。


 瞬間、こっこの傷がみるみる癒えていく――!?


「はい復活ぅ……!」


 ウソだろ!? ポーションが降ってきやがった! てかあの回復量はEXポーション……!

 まさか、さっきこっこが上に放り投げた、視線誘導のアイテム……あれが、これ?

 投げたのは視線誘導の為じゃなかった! こうなることを見越して、自分に落ちてくるように計算して、放り投げたってのかよ! いや投げてから一切見向きもしてなかったが!?

 そもそも、死にかける前提で、本当にそれを実行できるものかよ……!


「これが、表ダンジョンの覇者……! 【クイーン・オブ・ダンジョン】芒野こっこの、本気のバトルスタイルなのか……やべぇな!」


 攻守交代。攻撃直後、そして斬った相手がまだ元気に動くなんて思いもしなかった師匠へと、今度はこっこの凶刃が迫る。【受肉】した師匠の浅黒い肌を切り裂き、腹部に横一線の薄い切り傷をつけたのだった。

 すげえ、一太刀いれやがった!

 いや又は、あの状況に持ち込んですら、薄皮一枚にしか到達できないと捉えるべきか……?


「呆れるわ。なんという負けず嫌い……。あなた、実はあんまりモテないでしょ?」


「残念でした! 男性視聴者いっぱいいますう!」


 そして始まる、女同士の舌戦!

 俺はまだ、見守ることしかできないでいた……!


 こっこに、手助けを拒否られてしまったからだ。

 自分の尻拭いは自分でする。手を出さないでと、懇願された。

 今、全力で師匠に勝たなきゃ、【白鷲の羽】を忘れたこっこは死ぬ。それをわかったうえで、師匠とのタイマンを望んだのだ。冒険者ならば、その『自力本願』な意志を汲んでやらねばなるまい。


 もちろん、いざというときは俺も参戦するが……。

 まだ、もう少し、俺が二人の戦いを、見ていたいのだ。

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