18:【受肉】

 裏ダンジョン10F。 ボスモンスターであるスケルトンキングの髑髏しゃれこうべを抱えながら、俺はしみじみと会話に花を咲かせていた。


「師匠。俺、これからもっと、今よりずっと深層に潜ることになると思う。表じゃ15Fごとにワープポータルがあるらしいから、きっとこのダンジョンでもシステムは同じなんじゃないかな。だから……とうぶん、ここに来ることもなくなるんだよね」


 師匠の頭蓋骨を撫でながら、別れの言葉を口にした。自分で言っておきながら、……寂しいもんだ。


「元々、実力相応の装備を身に着けさえすれば、とっくにそうなっていたことよ。むしろ今までよくもまあ酔狂に、あんなゴミ装備で妾に挑んでいたものね。実は今まで、そういう変態なんじゃないかって思ってたわよ」


「へへへ。おかげで、師匠の技、いろいろ教えて貰えたし、変態でもいいよ、今更だし」


「そうね。……あ、そうだ。その前に、一ついいかしら?」


 ふと、珍しく師匠から頼みごとをされた。

 それは俺以外の裏ダンジョン探索者……芒野こっこのことだった。

 まだ師匠の元まで到達できてはいないものの、それは時間の問題だ。師匠もそのことを感付いていての相談のようだ。


「あなたのほかにもう一人、このダンジョンにやってきているでしょ。女の子。妾……、その子がここに来たとき、殺しちゃわないか心配なのよね」


 物騒だな。いやこっこの実力なら、師匠くらい楽勝だとは思うけど……。

 師匠的に、何か勘付いているのかもしれない。野生の勘というか、モンスターの嗅覚というものが働いている……?

 俺もなんだか、心配になってきたな……。


「わかったよ。それじゃあ今度、こっこと一緒にまた来るよ。大丈夫だと思うけど、まあ、万が一師匠がこっこを殺しかけるようなことがあれば加勢するし、心配ないよ」


「心強いわ。それじゃあその時にまた会いましょう。じゃあね、カズキ」


「うん、じゃあ、師匠」


 光と消える師匠に再会を約束して、俺もなんだかこれ以上潜る気にはなれなかったので、そのまま帰還した。

 そして今の出来事を、こっこに電話で相談して……。


『ええ!? ボスモンスターが師匠!? しかもフレンドリーにお話してるってワケ!?』


 ……めっちゃ驚かれた。そういえば、言ってなかったっけ。

 互いの日時を調整して、といっても多忙なこっこに俺が合わせるだけなんだけど……今週の日曜日に一緒に師匠に会いに行くことが決まった。




 ――そして、当日。

 こっこがSNSや今日までの配信でリスナーを煽りに煽りまくって、準備万端の状態で、配信スタート。

 今日はしょっぱなから、9Fの下層へ降りる階段の手前からスタートとなった。


「みんなー! やっほーやっほー! 芒野すすきのこっこでーす! 今日はいよいよ裏ダンジョンの10F! ボスモンスターとのご対面です……! 覚悟はいいかー! 私はできてる!」


―――

【コメント】

『裏といえどもスケルトンキングはさすがに楽勝だよね……?』

『こっこー! 初ダイブ、初ゴブリンで死にかけた経験忘れるなよー!』

『死なないでー!』

『カズキ先生こっこのサポートお願いします心配です』(ミラクルチャット:2000円)

『初めて【エネミースキル】なんて登場したからビビったけど、【エネミースキル:頭骨投げドクロボム】は単なる自滅技でマジワロタよなwww』

―――


 ずらずらとコメントがひしめきあって、流れていく。表ダンジョンじゃ師匠は【エネミースキル:頭骨投げドクロボム】なんて使うのか。スケルトンキングは頭と胴体切り離すことが勝利条件だというのに、表の師匠はギャグセン高いな……。


 そんなわけで、いざ階層を降りる。


「よーし、それじゃあいくよ、カズキくん! それー!」


「おー!」


 俺もリスナーのためにテンションをあげて、声出ししながら降りてった。

 そして出迎えるは、いつもの師匠。

 寂れた玉座に座る形で待ち構えて、俺たちの侵入を感じ取ると、ゆっくりと立ち上がり、両の眼窩に怨念の炎を燃やして、襲ってくるのだ。


「あら、いらっしゃい。待ってたわよ。芒野こっこちゃん」


―――

【コメント】

『……え? 今声聞こえなかった?』

『声したんだけど。こえー……』

『カメラの後ろにもう一人いるだろ演出やめろびびらせんな!』

『今スケルトンキングしゃべったよね!? ねえみんなも聞こえたってゆって! こわい!』

『副音声ワロタ』

『初めて会うのに芒野こっこって言ってる。嘘乙』

『ぎゃあああああああああああああああこえええええええええええええええ!』

―――


 俺は壁際まで下がって待機。こっこを注視しつつ、コメントを読む。今回はあくまでも補助だからな。師匠も俺を無視してこっこばかり狙っている。

 対してこっこも、軽やかに初戦闘をこなしていた。いい調子だ。やっぱり楽勝っぽいな。


「は、初めまして! カズキくんのお師匠さん! 芒野こっこです! 今日はよろしくおねがいします!」


「ハキハキしてていい子ね。こちらこそ……あら?」


 おお、会話しつつ、自慢の双剣で着実に師匠を削ってる。師匠の曲刀の回転率よりもずっと攻撃動作が速い。完全に圧倒してるな。事前情報もきちんと踏まえて、的確な動きだ。

 やはり師匠の杞憂だったようだな。


―――

【コメント】

『待って待って待ってこっこ強いのはいいけど情報量多すぎるって!』

『マジでスケルトンキングが喋ってんの!? それでカズキの師匠ってどゆこと!?』

『喋るモンスターに師事してたのかカズキ。しかもこんな怖いモンスター』

『完全にやらせじゃんおもんな』

『モンスターが師匠とか草』

―――


 マジか。コメント見てると、ちょくちょくやらせだって意見が冗談抜きで多いぞ。

 どうやったらモンスターに演出頼めるのか、俺が聞きたいんだけど。

 師匠ですら、言葉は通じるけど、本能に抗えないからずっと殺しにくるんだぞ。


 ……というか、こっこにしては長引いてるな。

 もう終わってもいいはずなんだが、女同士のダンジョントークに花を咲かせているのか……?

 いや、ちがうな。

 こっこのやつ、リスナーウケ狙ってやがる……! すぐ倒してしまうのはもったいないとか、商魂だしてやがるな!?


「おい、こっこ! 早く決めろ! それ以上師匠を削るな!」


―――

【コメント】

『弟子必死やん草』

『始まってみればこっこの圧勝か。そんなんを師匠って呼んでるの恥ずかしくなった? カズキくん?』

『よし師匠の次はカズキとバトルだ』

『師匠ザコやんカズキ?』

―――


 好き勝手言いやがって。

 師匠がザコなのは知ってんだよ! でもそれは、罠なんだ!

 ――師匠はザコいうちに倒さないとダメなんだよ!


「こっこ、言ったよな!? あまり時間かけるなって! 早く首と胴体を切断しろ!」


「えー、もう? もっとお師匠さんとお話ししたかったけど、しょうがないなあ。じゃあ、話の続きはまた後日ということで……ダンジョンスキル【夢想乱舞】発動――! 一気に決めるよー!」


 は? 待てこっこ、その技は――!

 連続攻撃技だろ!? 一撃一撃は威力が低い!

 この期に及んで、リスナーに見栄えのくそいい技選びやがった!


「おいバカ! 師匠を削るなって言っただろうが!」


「へ?」


 くそ、スキルは発動したら止められない!

 こっこの双剣が無数に残像を残すほどの神速で暴れ狂い、師匠がミキサーにかけられたみたく細かな骨片へと変えられていく。

 もう勝負は見えた……。


 さっさと逃げないと――殺される。




「ああ、やっぱりこうなったわね……【カウンターエネミースキル:受肉】発動……!」


「きゃっ――!」


 突然、どこからともなく、師匠に雷が落ちた。

 その衝撃にこっこは跳ね除けられて、俺はそれを見越して先回りし、こっこを支えた。


「はいおしまい! こっこ! このバカ! 【白鷲の羽】で一旦引くぞ! それで配信切って、またすぐ1Fにダイブしなさい! これはもうお説教だからな!」


「え、私、失敗しちゃったの!? お師匠さん、第二形態なっちゃったの!? ……でも今の感じなら、押し切れそうじゃない? 二人でならきっと……」


「だめっ! 【受肉】した師匠は次元が違う! 今まだ変身中で猶予あるから帰るぞ! いいな!」


「はーい……って、あ、あれ……?」


 俺はもうすでに【白鷲の羽】を片手に、あとは魔力を込めるだけなのだが、こっこはなんか初心者かってくらいもたもたしている。

 そして、引き攣った笑顔で、テヘペロした。


「あー、ごめん、カズキくん! 【白鷲の羽】……忘れてきちゃった……」


 はあああああああああああああああああああああああああ!?

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