17:母さんの真相

「うふふっ海の生き物って見た目キモいのに美味しいから好き♡ カレーに混ぜれば全部茶色くなって最早見た目すら気にしなくていいからジャスティス♡」


 俺と母さんが一般的なカレー皿に取り分けている中、一人だけラーメンどんぶりにライスもカレーもドカッと山盛りにして幸せそうにクチャクチャ食べる姉さん。

 この変人は無視することとして……、気まずい。対面の母さんの顔が見れない。

 カレーも全然味がしない。イカの弾力が憎らしいだけだ。


「……ふう。親子で腹の探り合いなんて、するもんじゃないわね」


 突然、母さんが息の詰まった顔で、観念したように口を開いた。

 そして、頭を下げて、謝罪の言葉を口にした……。


「まず謝らせてちょうだい。……これまで頼まれてた魔石や素材を、一つも売らずに保管・・・・・・・・・していたのを隠してたのは、信頼を損なう行為だったわ。ごめんなさい、カズキ」


 ……なんだって? 売ってない? 一つも?

 どゆこと?


「……え? 売ってないの?」


「あら? 地下倉庫に全部保管してあるの、見つけちゃったから問いただしたわけじゃなかったの?」


「地下倉庫? え、うち、地下あんの?」


「吾輩は知ってたが?」


 いやいや、初耳。地下? え、なんで?

 しかも、俺の二年間のダンジョンアイテムが収まるって、結構なスペース必要じゃないか? てかそもそも……売ってないってどゆこと?


「魔石売ってないなら、今まで俺に売上として渡してた金って、どっから出てたんだよ?」


「どっからって……大げさね。そりゃ私だって働いてるもの。それくらいのお金はすぐ用意できるわよ」


「え!? 母さん、専業主婦じゃなかったの!?」


「違うわよ。まあ在宅ワークだからずっとお家にいるし、そういえば、言ってなかったものね。私が錬金術師だってこと」


「錬金術師ぃ!?」


「吾輩は知っていたが? あ、やば、吐きそ」


 いちいち俺と母さんの話に無駄に介入してくる変人がドタドタとトイレに消えていった。食い過ぎなんだよ……。

 それはそうと、母さんがまさか錬金術師だったとは、考えもしなかった。


 魔石やモンスター素材といったダンジョン資源のほとんどは、錬金術によって加工・精錬される。

 具体的には、武器や防具に魔石を埋め込み、魔法の威力や使用回数を増やすことができる。

 あとモンスター素材から【エネミースキル】を抽出して、魔石に定着させれば、人間でありながら【エネミースキル】も使用可能となる。

 さらにモンスター素材は皮も肉も骨も余すことなく活用でき、それらも当然、錬金術によってその真価を発揮するのだ。


「ということは……母さんは、俺が今まで裏ダンジョンに潜っていたことを知ってたの?」


「途中からね。……何度も何度もダンジョンに潜ってるのに、ゴブリンの魔石一個すら持ち帰ることができない息子に、最初は冒険者の才能がカケラもないって思ってたわ」


 なぜかそう話す母さんは嬉しそうだった。

 だけど次の瞬間には声のトーンが下がり、暗い顔で話を続ける。

 

「でも、違った……。ボロボロになりながらも、事もなげにツンケンと渡してきたゴブリンの魔石を見た瞬間、……戦慄したわ。だってまるで、百体分の魔石を、一切の無駄なく精錬したような純度だったんだもの」


 通常ではまず考えられない。倒したのがたまたま突然変異個体だとしても、到底この魔石は生まれない。それほど桁違いなのだ。

 そもそも、魔石の純度とモンスターの強さは比例する。ここまで高純度な魔石を保有する個体に、今まで通常のゴブリンの魔石一つすら持ち帰れなかった息子が勝てるはずがないと思ったという。


「でも次の日も、その次の日も、毎日毎日、同じような魔石を持ち帰るあなたを見て、確信したわ。我が子は人知れず、未知のダンジョンに潜っていて、なおかつ、そこは巷で有名なダンジョンよりも遥かに凶悪な場所なのだと……。そして我が子は、そんな場所で生存し続けることが出来るほど、冒険者の才能に溢れていたのだと……」


 ……母さんは、錬金術師で、そのために、俺が裏ダンジョンに潜っていたことを、持ち帰ったダンジョン資源を通して理解していた。

 それはわかった。……しかし、本題は何一つ解決しちゃいない。


 母さんが裏ダンジョンの報酬を中抜きしていたという疑いは晴れたが、結局、俺に相応の見返りがなかったのは事実だ。


「どうして俺には、それを秘密にしていて、売上も表ダンジョンのものと同じだといつわっていたんだよ。やっぱ、おかしいだろ……金があれば、強い武器や防具が買える。そしたらダンジョン探索はもっと安全に、快適に行えたんだぞ」


「何言ってんのよ。そんなことしたらあなた、どうせ自分が無茶してる事にも気付かないで、どんどん潜っちゃうでしょ。ダンジョンでは20Fまでの死亡率は1%未満だけど、それより深層になると、死亡率は指数関数的に増大するのよ」


 俺が無茶するかはともかく、死亡率の話は、母さんの言っていることは正しい。どこかの大学がそのような論文を書いたのだと、テレビでも年に一回はダンジョンニュースとなるし、ネットサーフィンをしてればどこにでも転がっている。


「例え弱い武器で死にもの狂いにダンジョンを探索してようが、それが低層なら、私としてはまだ安心できるわ……冒険者の才能に溢れる息子なら、まず大怪我だって負うこともないでしょうしね。それに、ダンジョンの潜り方だって、低層を周回するだけでもだいぶわかってくるでしょ。モンスターの癖を把握する観察眼や、ちょっとした動作を見るだけで、同じモンスターでも個体別のステータスを、ある程度は数値化して判断もできるようになったんじゃない?」


「た、確かに……最近は、状況や個体に合わせた戦法をその場で瞬時に探るようにしてる……」


「でしょ。天才は1から10でも100でも学ぶことができるのよ。100を知るために、わざわざ100レベルのモンスターと戦う必要はないわ。それにね……魔石を売らなかった理由は、もう一つあるのよ」


 言い包められてる気もするが、母さんの言うことは確かに一理ある。現に、母さんの言うとおりになっているのだから、説得力があった。まだ釈然とはしてないが……。今は、もう一つの理由も気になる。


「まあこれは単純な話で……魔石も素材も、これまで世に出回ったことのないほどのウルトラレアなんだから、こんなもの世に出回ったら、たちまちインフレが加速しちゃうでしょ」


「へ?」


「芒野こっこちゃん。あの子も賢い子よね。彼女、裏ダンジョンで手に入れたもの、まだ一つも売りに出してないわよ。だってあんなウルトラレアを表ダンジョンで使えるようにしたら、探索は簡略化。そしてそのせいで実力以上の深層に潜っちゃって、命を落とす冒険者はきっと加速するでしょうね」


「マジか……」


 母さんもこっこも、まさかそんなこと考えていたってわけか?

 だから売るに売れない。母さんは身銭を切って、息子にせめてもの資金を渡していたってことなのか?


「でも……それも、今日までね。あなたは本物の武器を手にしたことで、これからもっと深層に潜るんでしょ。私が止めたってどうせ聞かない。あなたもお姉ちゃんも、頑固なところ、お父さんに似ちゃったんだもんね」


 涙をぬぐうそぶりを見せて、母さんは、困ったように微笑んだ。

 それから深い息を吐いて、気合いを入れた。


「よし! そうと決まれば、餞別をあげるわ。地下の錬金室にきて。そのククリナイフに、魔石を埋め込んであげる」


「え、マジ!?」


「地下!? 吾輩も行く! 行ってみたい!」


 トイレから突然出てきた姉ちゃんが何事もなかったかのように会話に参戦してきた。


「いや姉ちゃんは地下室あるの知ってたんだろ。別に今は邪魔だからくんなよ」


「は? 知らんのだが?」


「はあ? いやさっき母さんが地下室あるって言ったときに、お前知ってたって言っただろ!」


「は? 言ってないのだが?」


 え、こわ……。

 こいつキチガイ拗らせすぎやろ……。

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