16:シーフードカレーは邪道。異論は認めない

 学校帰りの、我が家の玄関前。

 ……意を決して、母さんの真意を探るべく、帰宅する。

 まず出迎えてくれたのは、鼻をくすぐる香辛料の匂いだった。


「ただいまー。お、カレーだカレーだ」


「おかえりー。今日はシーフードカレーだよー」


 母さんの声が返ってくる。そしてシーフードというワードに、少しガッカリしている自分がいた。

 カレーは肉とジャガイモがゴロゴロしていてこそジャスティス。イカの弾力もホタテの風味も、確かに美味いが、それはカレーの一番美味しい食べ方ではない。


 シーフードなんて邪道だ。 

 そんな不満が頭をよぎった刹那、靴を脱いでいる最中に、リビングからぬーっと現れた奴がいた。

 げっ、姉さん!


「おいカズキ。いま、吾輩の作ったシーフードカレーちゃんに文句言おうとしてなかったか?」


 長いストレートの銀髪に猫耳カチューシャをつけた変人が、タンクトップにショーパンのラフな格好で俺に詰め寄ってくる。一人称も狂ってる。

 俺の三つ上で、大学中退して、今は作家活動に勤しんでいる。真島仁のペンネームで、コミカライズの原作も三本手掛けている。特にSNS界隈で人気のようだった。


「……先生、進捗どうですか?」


「うるせえ! 今デュエルで16連敗中なんだよっ! 一勝でもせんと気持ちよく執筆活動できんじゃろがい!」


 知らんがな……。

 シーフードカレーは気晴らしに作ったようで、ある程度出来上がったのであとは母さんに任せて、ドタドタと二階の自室に戻っていった。ネット対戦のカードバトルにご熱心なようだ。

 ……明るい時に会うのは久々だな。

 いつも深夜に、ダンジョン帰りに風呂ったり夜食探してたりすると、ちょくちょくインスタントラーメン爆食いしてる姿は見るんだけどな。


 まあいい。姉さんの奇行はしょっちゅうだ。

 それよりも……。


「母さん、ちょっと……話あんだけど……」


 リビングへ突入し、いざ母さんと向き直る。「仕上げはおかーさーん♪」なんて歌いながら呑気にカレーを煮詰めていた。

 ほんと、黒髪のボブであることを除けば、姉さんと瓜二つなんだよな。とても45歳には見えない。小学校の頃は、若くて美人だとクラスメイト達から言われて、俺も鼻が高かった記憶がある。

 母さんは一度俺に視線を向けて、よほど言いにくそうな顔をしていたのだろう。それを察してか、鍋の火を止めて、きちんと俺に向き合ってくれた。


「なに、カズキ?」


 エプロンをほどいてこちらにやってくる。

 ……言い出しづらい。促されるままソファに座ったものの、対面に母も座って、でも何も言い出せない。


「……武器、換えたんだ? どう? 使いやすい?」


「へ? あ、ああ……ん? なんで知ってんの?」


 言いあぐねていると、向こうから話をふっかけてきた。しかしそこに新たな疑問が……いや、そんなの分かり切ってる話だけど……。


「お部屋の掃除してたら見知らぬ新しい武器あるんだもの。わかるわよ」


 やっぱり俺の部屋の掃除してた!

 しなくていいっていつも言ってるのに!


「勝手に部屋に入るなよ……」


「嫌ならこまめに自分ですることね。見ればいつも、あー汚い汚いっ!」


「違うの! あれがベスポジなの! オレの部屋割はあれで完成形なの!」


「へえ、じゃああの部屋に彼女呼べる?」


「……ぐぅ!」


 ぐうの音が出てしまったことで、この論争は俺の負け……。息子とは、母の言い分にはなかなか勝てないものなのだ……。

 

「それじゃ、武器も新しくなって、攻略も楽になったわけだ。これからもっと、深く潜っていくのね。でもだからって、あんまり怪我しちゃダメよ?」


「俺だって、怪我なんてしたくねーよ」


 怪我をしないためには、より良い装備やアイテムが必要なんだ。

 武器を変更して、そのことがまざまざと理解できた。


 今まで使っていた剣が、まるで玩具だったことに。

 それと比べて、あの【武器屋】のククリナイフは、とてつもない兵器だ。


 切れ味、グリップ、重量、汎用性、どれをとっても、よく馴染む。

 これぞモンスターを倒すために作られた代物。

 よくもまあ、今まであんな鉄くずで、二年間もダンジョンに潜り続けられたものだと、逆に自分に感心した。


 よくまあ今まで生き延びられた。

 だけど、もっと前から、今みたいに良い武器に巡り会えていたらと思うと……とても、やるせない気持ちになる。


 俺にもっと金があれば、きっと早くから強い武器を試していたはずだ。そうなっていたら、未だに10F前後で足踏みなんかせず、もっと早い段階で深層を目指すことが出来たはずなんだ。


 ……母さんの真意を、確かめなければならない。

 もしかしたら、買い取りショップに騙されているのかもしれない。むしろそうであって欲しい……!

 そうであって欲しいんだ!

 頼む母さん! そうだと言ってくれ……!


「母さん、俺が今まで換金を頼んでた、ダンジョンの魔石とか素材の話なんだけど……」


「あ、バレちゃった?」


 ズンと心に重く何かがのしかかる。

 この一言で、母さんが黒であることが確定してしまった。なんともあっけなく、悪気もなく、簡潔に白状された。

 ショックと絶望に視界が黒く狭まる。

 俺が、命がけで、これまでずっと手にしてきた戦利品……。その殆どが、母さんの懐に、消えていたっていうのか……?


「嘘だろ……? 母さん……?」


「嘘ついてどうするのよ。言い訳するつもりもないけど、理由をあげるとするなら、大きく分けて二つあるわね。どうする? 聞く?」


 あっけらかんと、まるで俺を試すような口ぶりで尋ねる母さんを、俺はどんな感情で相対すればいいのか、わからなくなった。


「いや……いい……部屋にいる……」


 こんなぐちゃぐちゃな感情のまま、もう母さんと一緒になんかいれない。どうせ何を言われても耳に入ってこない。

 だからそそくさと、部屋を出た……。


「いよっしゃあああああああああ!!! 勝ったぜいえええええいっ!!! 吾輩最強おおおおおおおおおお!!!」


 そんな中、完全に場違いな女が、絶叫しながら階段をドタドタと降りてきた。

 そして俺に然(さ)も当然といった様子で体当たり。


「ふんっ!」


「いてえ!」


「おいどこ行くんだカズキ! 飯食うぞメシ! お前の大好きなシーフードカレーだ!!!」


「ちょ……やめろよ姉ちゃん! 今そういう気分じゃねーんだよ!」


 姉ちゃんの能天気にイライラする。思わず怒鳴って、一瞬しーんと静まり返る気まずさに、さらに嫌悪感画催した。


「……どけよ姉ちゃん」


 それでも悪態をついてしまう自分に嫌気がさしながら、しかし無理やり押し通って、階段を駆け上が──!?

 襟首捕まれて引きずり降ろされた!?

 あぶねええええっ!? 受け身と、取れた!? セーフ! おいふざけんな後頭部強打コースだったぞ!?


「うおおおい!? 何すんじゃいコラァ!」


「うるせええええ!!! 吾輩はみんなでシーフードカレーが食べたい気分なんじゃい!!! さっさと席につけええええ!!!」


「ひっ」


 混沌の夕食が、幕を開ける……。

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