9:イカレ野郎再び!

「山本カズキ! 貴様に決闘を申し込むぅ!」


 とある日曜の午後。

 俺は芒野すすきのこっこに誘われて、コロシアムにやってきた。ダンジョンを改造して作られた施設なのだが、洞窟のような通路を抜けると、要所要所にドーム状に掘削された広い空間が点在してあって、そこは冒険者同士のバトルフィールドだったり、食堂や温泉なんかの施設だったりと、なかなかに楽しいテーマーパークだ。


 そこで、【芒野こっこファンクラブ】の小太り男とばったり出くわし、そんな事を言われた次第である。

 懲りねえやつだな……。

 とりあえず、警察に通報するフリをしてビビらせた。



 ──時は少し遡る。

 昼まで布団の中でごろごろしていた俺は、芒野こっこの電話で、飛び起きた。


『やっほーやっほー! カズキくん、この前はコラボありがとねー!』


「おー、こっこ。ういーっす。どうしたー?」


 何事かと思ったが、そのことか。律儀だなあ。

 俺はてっきり、【芒野こっこファンクラブ】の悪事が露呈して、その謝罪の電話かと思ったわけだが、別にそのことではないようだ。こっこの心労を増やすメリットなんてないし、そもそもこっこは無関係の集団だし……言わぬが仏だな。


『コラボの出演料、口座に振り込んどいたの、まだ確認してないでしょ? 当日には送金してあるから、もし金額に不服とかあったら遠慮なく言ってねー!』


「あ、マジ? 出演料とか、本当に貰っていいの? こっこのチャンネルに出させてもらえるんだから、逆に俺が金を払わなきゃなんて思ったりもしてたんだけどな」


『あはは! 私が今後、裏ダンジョンでヘマしないようにって、講師としてお招きしたんだから、私が払うのが当たり前だよー! 今更だけど、500万円くらいでよかった?』


「……え? なんて?」


 聞き違いかな。今、驚きの金額をさらっと言われて、かなり心臓が痛いんだけど。

 尋ねると、返ってくる言葉は、不思議なことに、聞き違ったものと一字一句、同じだった。


『500万円』


「ゴヒャクマンエン?」


『うん、500万円。……ごめん! やっぱ足りなかったよねー! お金のことはマネージャーにまかせっきりなんだけど、金額聞いたときは私もなんだか物足りないなって思ったんだよなー! 本当にごめーん! すぐにもう500万円準備するよ!』


 ごめんこっこ、俺、その単位で生きていないの。

 動画に数十分出演しただけで、そんなにお金が発生するとは思えない人種なの。

 だから追撃500万円はやめてください!


「こっこストーップ! そんなにいらない! 大丈夫!」


『本当に? そんなにいらない? 大丈夫? 足りる?』


「ソンナニイラナイ! ダイジョウブ! タリル!」


『そう! ならよかったー! あ、カズキくん、これから暇? コロシアム行かない?』


 金の話が解決したと思ってる彼女は、もう話を切り替えて、俺にそんな提案をしてきた。


「あー、俺、コロシアムのダンジョンTPトランスポーター持ってないんだよね。興味はあるんだけど……」


『あ、私余ってるから、一個あげるよ。裏ダンジョンで渡すから、じゃあまずは裏ダンジョン集合ねー! 待ってる! 絶対きてね!』


 一方的にまくしたてられて、電話を切られた……。

 だから仕方なく、裏ダンジョンに赴いて、そこで待ち構えていたこっこと、少しお喋りしてから、コロシアムのダンジョンTPトランスポーターを半ば強引に取得。


「前にコロシアムでイベント開催したときに、抽選でファンに配ったことあるんだけど、余っちゃってさー! 貰ってくれるとうれしいなっ! カズキくんとコロシアム行くの楽しみ!」


「いやその」


「リアルでのお買い物は断られたけど、コロシアムはダンジョンだし……ダメかな?」


「ダメじゃないけど、今のはちょっとあざといな……」


「私についてこい! 問答無用! いざコロシアムへ!」


「うわあ男らしいっ! いくっ!」


 そんなわけで、最近、野球部連中に心を乙女にされてしまった俺は、男らしいこっこにホイホイついていくのだった。




 ――で、お情けで、被害届は出さずに刑事事件にしないこととして、釈放してあげた小太り男に、またもや決闘を言い渡された次第である。


 小太りの男は、今日はほかにも仲間を連れて歩いていた。

 三人組なのだが、三人とも、小太りの男である。こいつらはもうドムって呼ぶことにする。


 ドムが、警察に電話をかけているがフリであることに気付き、逆切れして、再び同じ話をしてきた。

 仲間のドムたちも、息の合った連係がごとく、挑発の言葉を矢継ぎ早にはなってくる。


「山本カズキ! 貴様に決闘を申し込むぅ! 何度も言わせるなぁ!」


「そうだぞ! 男らしく戦え! 山本カズキ! 負けるのが怖いのかぁ!」


「お前なんかが彼女の隣に立つような男ではないことをわからせてやりますぞ! キヒヒィ!」


 拗らせオタク共め……。

 だが俺も、いい加減、ドムには頭にきてんだ。


 あの時……リアルファイトを挑んできたこいつに、俺は……。

 ビビってた。

 人間の狂気を目の当たりにして、今までモンスターどもに感じていたものとは違う、別種の恐怖をまざまざと感じたのだ。


 俺は、そのことに……!

 堪らなく腹が立っているんだよッ!


 雪辱を晴らしてやる……。次会ったら、容赦しない。

 そう思ったからこそ、被害届を取り下げたのだ。

 こういう奴らは失敗に学ばない。必ずまた、俺の前に現れる。

 そんな俺の考えは、まさしくビンゴだった。


 さあ、容赦しないぞ。

 冒険者同士、正々堂々、相手してやる。


「いいぞ。決闘だろ? コロシアムでやるか? それとも……今ここでやるか? あ?」


 威圧的な態度をとる俺に焦ったのか、三人は、急にオドオドし始めた。

 またこの前みたいに、急に殴りかかってビビらせてやろうとでも思っていたのかはわからないが、既に臨戦態勢の俺を前にして、ドムたちは、完全に出遅れた。


 だが、俺は自分からは殴りかからない。

 実力じゃ、逆立ちしたって俺の勝ちは揺るがないしな。強者の余裕ってもんを見せつけて、さらに相手の悲壮感を煽る。


「うぐぐ……! 今ここで、やるわけないじゃないか! やだなあカズキくぅん! 決闘はコロシアムで、正々堂々、行わせてもらう! ついてこい! げへへへへ!」


 ふうん。いいだろう。

 まんまと、誘い出されてやるよ……。




「へえー。今の人たち、カズキくんのお友達? 決闘するの? 面白そうだね! 私も決闘してみたいなー!」


 こっこが、あいつらの顔覚えていなくて、本当によかったよ……。

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