8:その者、イカレ野郎につき

 この国には、決闘罪という制度がある。

 決闘を申し込んだ者、また、それを受けた者は、双方ともに法の下に裁かれる。


 ただし、これには抜け穴があった。

 例えばボクシングでスパーリングや試合を行う場合は、どれほど殴り合おうと、あくまでもスポーツ競技であるため、決闘罪には抵触しない。

 そしてその抜け穴は、冒険者にも通用するものだった。


 冒険者同士が戦う施設がある。

 コロシアムと呼ばれる、元々ダンジョンだったものを改築したエンターテイメント施設……! 食堂や温泉なんかもあり、冒険者にとっての憩いの場だ。

 たぶん、【芒野こっこファンクラブ】のこいつは、コロシアムでの冒険者バトルを提案しているのだろう。


 ……俺、行ったことないんだよな。

 コロシアムのダンジョンTPトランスポーター、高いんだもんなあ。10万円くらいしたはずだ。学生の小遣いじゃ手に負えん……。


 ちなみに、芒野こっこは前にコロシアムを貸し切って、ファンとの交流イベントを開いたことがあった。

 それが、【芒野こっこファンクラブ】の異常性が露呈したイベントでもある……。


 勝手に警備員みたいな真似事をして、意味わからんダンジョンマナーを強要して、他のこっこファンを蔑ろにして、さんざんやりたい放題してくれたのだ。

 しまいにゃ【理想の芒野こっこ】をこっこ本人に押し付けて……イベントは、大失敗と言ってもいい大惨事となった。


 こいつらなんて、本来なら関わり合いたくない、やべえ奴らだ。

 ……だけど、これってもしかしたら、こいつらにお灸を据えるいい機会なんじゃないか? とも考えてる自分がいる。


 決闘の提案をしてきたのは向こうだ。きっと、何かしらの作戦は、既に練られているに違いない。絶対にこいつらに有利な罠が張り巡らされていることだろう。


 だからあえて、それを真正面から突破する!

 俺はこれでも2年間……ほぼ毎日、裏ダンジョンで命のやり取りをしてきたんだ。

 こんないかにもな拗らせオタク野郎なんて、束になったって、負ける気がしねえ!


「わかった。その決闘……受けて立つ! こいよ【芒野こっこファンクラブ】!」


 そうと決まれば、母さんに土下座して、お年玉貯金を開放しないとな……。

 そんな、ちょっと憂鬱な気持ちになるっている俺に対して……【芒野こっこファンクラブ】の小太り男は拳を握り……。


 突如として、殴りかかってきたのだった。


「おっしゃあああ!!! 決闘成立だおらあああ!!!」


「えええええええええ!?」


 まさかのリアルファイトおおおお!?

 こいつら、ほんとに……! あ、頭おかしいぞ!?


 どうする!? だけどこいつ、動きは鈍い! 簡単にカウンターを合わせられそうではあるが……!

 でもそしたら、俺……捕まるくね?

 決闘罪で、逮捕案件じゃね?


 ……え、それは嫌なんだが。

 あれ、打つ手なし!?

 立ち向かっても、やられても、これじゃ……!




「カズキを守れっ! うおおおおおお!!!」


 俺が、何もできずに呆然として、大人しく不審者に殴られかけた瞬間。

 そんな大声と共に、数名のボウズが俺と不審者の前に割り込んで、そのまま不審者を羽交い締めに拘束した!


 こいつら……!

 学校の野球部だ! それに同じクラスのやつらも!


「田中! 河野! 上地! どうして!?」


「いや部活の買い出しでここに来ただけだけど……大丈夫かよ?」


「遠目でカズキだってわかったけどよ。裏ダンジョン探索してる、つよつよ冒険者なら、大丈夫だろって思ったんだけどよ」


「冒険者って、格闘技経験者みたいに、一般人を殴ったりしたら過失割合が高いんだろ? だからやり返さないんだろうなとか思って。だから助けた」


 クラスメイトとは他の野球部がテキパキと警察に通報したり、なんかみんなで俺の前に立ちはだかって、完全に【芒野こっこファンクラブ】の小太りと分断してくれたり、めっちゃ気を利かせてくれた。


 やだ、俺……お姫様みたい。

 運動系の集団に守られる信頼感……ぱねえ……!  乙女になっちゃう……!




 変質者は「これは決闘なんだ! あいつも逮捕されるべきだ!」とわめきながら、パトカーで連れて行かれた。

 俺は事情聴取を受けて、すぐに逃げなさいと注意されて、帰された。


 ――自室でぽつんと、呆けていた。

 あまり頭が働かない。

 俺の意図しないことが、今日は一斉に押し寄せてきた。その事態に、俺はただ身を任せるのみで、自分の力で解決することができなかった……。

 なんか、それがショックだった。


 ダンジョンで一人。何をするにも自分だけの力で、機転もきかせて、階層を突破してきた。

 だから俺は、自分の力である程度の不測の事態にもすぐさま対応できるだろうという、どことない自負があったのだ。地上で誰かに襲われるなんて、考えうる不測の事態でいえば割とシミュレーションできていた。

 でもそれが実際に現実のものとなると、俺は、一歩も動けなかったのだ。


 ……その日は、10Fのボスを倒して、ダンジョン探索を切り上げた。

 風呂にも入らず、眠りについた。

 はあ……俺って、もしかして、弱いのかな……?

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