5:美少女有名配信者のやらかし

 教室に入ると、みんなが俺を振り向き、しんと静まり返る。

 クラスの空気が張り詰める。生唾を飲み込む音さえ聞こえてきそうな――。


 ――カシャ。


 ……聞こえてきたのは、シャッター音だった。


 音の出所を振り向くと、スマホのカメラを俺に向けた女子の集団。

 それで撮った画像をんみんなで見て……。


「やばっ。こっこ助けたの、マジで山本カズキじゃん」


「一緒だ。一緒!」


「すご! うちら、有名人と同じクラスじゃん!」


 何を見て断定しているのか……あの肖像権侵害ネットニュースか? いやまさしくマジで山本カズキでその通りなんだけど、昨日、芒野こっこが俺との約束を破って暴露しやがったおかげで、俺の正体がまだギリギリグレーだったというのに、完全に真っ黒となってしまった。


 その結果、女子たちは、最後の確証を得るべく、俺の肖像権を侵害し、騒ぎ出したというわけだ。

 そしてそんな反応を見た他のクラスメイトたちも、この時、一気に騒ぎ出した。


 昨日と同じように、いやそれ以上に、もみくちゃにされた……!


「うおおおおカズキおはよう! やっぱお前すげえ奴だったんだなあ!」


 田中だ。野球部の田中がボウズ頭でフレンドリーに話しかけてきた。

 返事する間もなく次手が押し寄せる。


「昨日はなんでちゃんと言わなかったんだよお! 勝手に早退するしさあ!」


 河野だ。野球部のボウズ頭の河野だ。

 さらに畳みかけるように現れるボウズ……!


「昨日のこっこちゃんの配信見たぜ! お前すげえな! こっこちゃんにあそこまで言わせるとかうらやまし過ぎるが!?」


 野球部の上地だ! このクラス野球部しかいねえ!

 ちな女子の半数は野球部のマネージャーだ!

 うちの学校そんなに野球の名門校でもねえのになッ!


 ――そして俺は、今日もまた早退した。

 休み時間の度に、他のクラスはおろか一年生や三年生までもヤジウマしにやってくる始末で、終いには、教師すら俺に問いただそうとするので手に負えなくなったためだ……。


 まじで、どうしてくれんだ。芒野こっこ……!

 俺の平穏が崩れていく……。




 ――だけど、そんな不条理も、ダンジョン・ダイブでストレス発散。

 ヘッドセットを装着して、いつものように、自室からダンジョン内部へとワープする。


 目を開けると、いつものスタート地点――。

 この二年間、ただ一人で、自分の弱さを噛みしめながら潜り続けたダンジョン。

 それが実際には、表ダンジョンの50Fに鎮座するラスボスの、初討伐に成功した芒野こっこでさえ、1Fのゴブリンに足元を掬われるような裏ダンジョンだった。

 そんな凶悪なモンスターたちとは気づかず、日々命がけのバトルを繰り広げていたなんて、俺って結構、マヌケだよな。


 だけど、俺はこの裏ダンジョンで、充実した日々を送っていたのも事実だ。

 他の冒険者にバカにされようと、めげずに挑み続けた。モンスターの攻略方法を自ら確立させたときの喜びは、何物にも代えがたい経験だ。


 そしてそれは、現実世界での俺の生活が一変したとして、何も変わるようなことでもない。


 だってここは、今までと変わらず裏ダンジョンだし。

 実は誰よりも、何倍も何十倍も難易度の高いダンジョンを攻略し続けていましたなんて、みんなに周知してもらえたからといって、ダンジョンモンスターが弱くなるわけでも、俺が急激に強くなるわけでもない。


 俺は相変わらず、ここのモンスター共にボロボロにされて、なけなしのダンジョンマジックやポーションをすっからかんにして、ようやく10Fにたどり着けるかどうかって現状のままだ。


 なんだ。

 俺の平穏は、まったく崩れちゃいなかった。

 静かなダンジョン内で、ゆっくり、心を落ち着けて、今一度よく考えてみれば、そんな結論が待っていた。


 ――だから、芒野こっこ。

 顔、あげていいよ。


 芒野こっこが、スタート地点で、昨日のように出待ちしていた。

 だけど昨日とはぜんぜん様子が違う。

 ただただ黙って、ひたすら……土下座していたのだ。


 来た時からこの姿勢だった。いつからだろう。ずっと、俺がいつ来るかもわからないのに、今日はもしかしたら来ないかもしれないのに、ずっと頭を下げたまま、俺がダンジョン・ダイブするまで待っていたというのか。


 当然ながら、【カメラファンネル】はどこにもない。パフォーマンスなんかじゃない、彼女の真意が伝わってくる。

 こんなに誠実な彼女のファンであることが、俺は、とても誇らしい。

 

「こっこ。顔を上げてくれ。なっちまったもんは仕方ない。気にしてないってことはないが、怒っちゃいないさ。俺は、もう腹を括ったよ」


 ……それでも彼女は無言のまま、動こうとしない。

 自らの影響力がどれほど凄まじいか、自覚しているんだ。

 なんせ、そこら辺の学生の個人情報なんて一瞬で把握できてしまうほどだもんな、ビビっちまうよ。

 反省する分には、大いにしてくれて結構だ。


 まあでも、気持ちの切り替えだって必用だ。

 なんせ裏ダンジョンに潜れるのは、今のところ、俺とこっこの二人だけ。

 今までは俺一人だけだったけど、これからは、時に協力して、ダンジョン探索を進めていけたらと考えてる。


 そう。腹を括ったのだ。

 芒野こっこと協力するということは、彼女の配信にコラボするってことと同義だ。今更もう顔バレ身バレは関係ないんだよ。


 裏ダンジョンを攻略するために、お互いに、力を合わせよう。

 だからもう、俺に謝る必要はない。

 顔を上げてくれ。こっこ。


 ……こっこ?




「………………ぐぅ」


「寝てんじゃねーよ!」


 これからも、きっと彼女の天真爛漫な行動に振り回されることだろうなと、頭を抱えるのだった。

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