4:二人だけのヒミツは守られて然るべき

「それじゃあ改めまして。……昨日は、ほんっとうに、ありがとう! カズキくんがいなかったら、あやうく美少女の惨殺シーンを全国ネットで垂れ流すところだったよー!」


 かわいっ! テヘペロ仕草が似合いすぎる……!

 ……そんな内心を飲み込んで、さっさとダンジョン探索へと向かうべく、話を切り上げる。

 また顔を撮られて、それでまた騒がれるのも嫌だしな。

 人の噂も七十五日ってなもんだ。

 時間が過ぎれば、俺のことなんて、また誰も気にもとめなくなる。


 だからそれまでは、静かにこっそりと、トカゲのように日陰に潜もう。

 ……芒野こっこは、太陽だ。俺には眩しすぎる。彼女を眺めるのは、画面越しが一番だな。



「……別に、誰だってそうしたさ。無事でよかった。じゃ、そういうことで」


「ええ!? そっけないよ! もっと話そうよー!」


 ああ、そんな悲しそうな顔しないでくれ。無下にできなくなってしまう……。

 でも、このままじゃ俺の、ダンジョン探索のテンポが狂ってしまう。地に足がついていないっていうか、気持ちがどこか、ふわっふわしてる。


 それは芒野こっことこんなにフレンドリーに会話ができていることに、浮かれているためか。

 それとも、今までバカにしてきた人たちが、こぞって手のひら返しをしてきたことに対する優越感か。

 いや、何より……。


 俺って実は、かなり強いんじゃないか?

 ……と、自覚し始めている、慢心が原因か……!?

 というか全部!?


「ねえねえ、カズキくん。どうしてすぐにそっぽ向いちゃうわけ? もしかして、私のこと、あまり好きじゃなかったかな……?」


「うーん、あざとい感じ出されると、そうかも」


「え!? ごめーん! ちょっと気を引こうと思ってあざとさ出ちゃったー! なしなし! 今のなしー!」


 わたわたと身振り手振りで弁明する彼女に、思わず、表情がほころんだ。

 芒野こっこのあざとさに、ちょっとは冷静さを取り戻せた気がする。よし、少し落ち着こう。

 どうせ今のまんまじゃ、モンスターに足元を掬われるのがオチだ。


「いや、ごめん。俺もなんだか、芒野こっこの前だからって、カッコつけようとしてたかも。もしよかったら、ダンジョン攻略の情報交換がてら、少し話そうか。できれば、オフレコで」


「もちろん! 人様の攻略情報をおいそれと流さないよー! もともと、カメラは切ってあるしね。視聴数とか抜きにして、純粋に、お礼が言いたかったんだもんね」


「マジか。実はカメラ回ってると思って、それが憂鬱でもあったんだよな。あんまり身バレしたくなくてさ」


「あ、そうなの!? マジでごめーん! うわ、どうしよ。リスナーたちから結構情報提供してもらったんだけど……」


「マジかー」


 俺も後でその時の配信をチェックしてみるけど、話を聞いてみれば、どうも推定で山本カズキだろうという話らしく、とはいえ、十中八九こいつだろうという目星は固まっていた状況だという。

 まあ、そうでもなけりゃ、出待ちしたときに俺の名前を呼ばないよな。


 だが、それなら対処は意外と楽かもしれない。

 だって芒野こっこがこの後に予定している配信で、「助けてくれた人物は山本カズキじゃなかった」と言えばいいだけの話なのだから。

 出会った本人がそう言うのだから、これ以上の詮索はできない。俺だって明日にでも学校の生徒たちに聞かれたところで、知らぬ存ぜぬを、今度こそ押し通せば真実はうやむやになる。


「よし。それでいこう。芒野こっこは、無事に助けてくれた人物にお礼を言えた。だけどそいつは山本カズキじゃなかった。それを配信で言えば丸く収まるってことで!」


「うんうん! つまりこのことは、こっことカズキくんの、二人だけのヒミツだね……♡」


「うわ、あざとーい」


「あ! やば! 今のノーカンでー!」


 ……と、いうわけで。

 俺はまた、何もせず帰ることにした。芒野こっこの配信を確認するためだ。

 うう、また【白鷲の羽】(800円)が無駄に……。




 ――で、現在パソコンの前。

 久しぶりに、配信サイトにログインした。

 お気に入りユーザーから芒野こっこのチャンネルを選び、彼女の言っていた通りの時間に配信予約されているページで待機する。


「うわ、サムネめちゃくちゃ上達してる……。このカメラアングルとか神じゃん……こっこ、すげぇ……」


 待ち時間の暇つぶしに、別窓でこっこの過去動画を漁る。

 俺が見ていた二年前の面影を残しつつ、全てがグレードアップされていた。

 彼女はやっぱり、めちゃくちゃすごい冒険者であり、配信者なんだな。


 同接も、俺が視聴していた頃だって、10万人超えだったってのに、なんか今では100万人規模らしい。

 さすが、表ダンジョンの覇者だな……。


 俺、とんでもない人と、あんなに気軽に喋ってたのか……。


『芒野こっこライブチャンネル〜!』


 お、始まったぞ。

 軽快な音楽とともに配信がスタート。

 なんだか、すっかり成長してしまった従姉妹いとこを見ているような気持ちになるな。


『みんなー! やっほーやっほー! 芒野すすきのこっこでーす!』


 画面の向こうで手をふる、さっきまで一緒に居た少女。

 彼女の口から放たれるだろう、俺の安寧の言葉を信じて、配信を見守る。


『さっきね! 昨日私を助けてくれた山本カズキくんに、きちんとお礼が言えたんだー! 待ち伏せしてたかいがあったよー!』


 ……は?


『めっっっちゃ! もうめっっっっっっちゃ! かっこよかった! これまでずっと一人で裏ダンジョンを攻略してたんだって! すごいよね!』


 え? うん? なにしゃべってんのこの子?

 二人だけのヒミツ……ええ……?


『――それでさ! なんだかクラスメイトとかにバレたくないっぽくてさ! だから私を助けたのは違う人として、カズキくんのことはヒミツにしておくって約束……あれ?』


 瞬く間に流れるコメント。

 やっぱりあいつか。俺はあいつがすごい奴だとは思ってたんだ。クラスメイトだ。同じ中学だった。てか親友だし。

 あることないこと、出現しては消えていく。


 そして響き渡る、芒野こっこの絶叫――。


『ああああああああああ! やっちゃったー! カズキくんとヒミツだって、約束したのに、興奮して全部しゃべっちゃったよー! ここ、カットで! マジで! 切り抜きの人とか本当にお願い! ここだけの話にしといてー!』


 百万人の同接で、ここだけの話はねえよ。

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