2:美少女有名配信者とダンジョンで二人きり。何も起こらないはずもなく…

 芒野すすきのこっこ。美少女ダンジョン配信者として有名な冒険者だ。

 年齢は非公開だけど、その若々しさから、まだ15〜18歳辺りだろうと巷で囁かれている。

 黒のボディタイツにパーカーをダボっと羽織って、髪色はピンクのアシメカラーが印象的な、絵に書いたような美少女だ。


 何より、ただ可愛いだけじゃなく、きちんと実力も折り紙付きなところが人気を加速させた一因でもある。

 彼女の双剣術は本当に凄まじくて、俺もダンジョン・ダイブしたての頃は、よく彼女の動きをトレースして立ち回ってみたりもしたものだ。


 もっとも、そんな猿真似じゃ全然太刀打ちできなかったから、結局は手探りで、自分にあったプレイスタイルを研究しまくったわけだけどな。

 それが俺の弓矢と剣のスイッチスタイル。なかなかどうして、しっくりくる。


 ま、それは置いといて。

 今、俺の目の前に、プレイスタイルを模倣するほど憧れた芒野こっこ張本人がいる。


 うわぁ顔ちっさ!

 めっちゃかわいっ!


 ……なんていうミーハー魂もそこそこに、すぐさま、彼女の容態を調べる。

 見たところ、そこまで深い外傷はないようだ。

 ただ防具は所々を欠損し、自慢の双剣も片方はヒビ割れ、もう片方は半ばからポッキリといっちゃってる……。


 ゴブリンのエネミースキル【初見殺し】が、見事に嵌まっちゃったってところだな。こいつらの攻撃はみんな、武器や防具に対する特攻性能があるんだ。

 俺も最初は、初期投資の武器や防具をことごとくぶち壊されたもんだ……。


「どこか痛むか? ポーションがあるなら、飲んだほうがいい」


 おっと、釈迦に説法だな。ダンジョン攻略のトップを走り続けるあの芒野こっこ様を相手に、レクチャーまがいのことをしてしまうとは……完全にイキリスナーじゃねえか。反省……。

 でもゴブリンに泣かされる女の子なんて眼の前にしたら、ついついイキってしまうのは男のサガだろ……?


「大丈夫……。はあ、でもリスナーさんにダッサいとこ見せちゃったなあ……あ、ありがとー。うん、大丈夫だよっポーション飲むねっ」


 落ち込んでる芒野こっこの眼前に『カメラファンネル』がやってきて、彼女はそれに手を振った。リスナーが心配の声を投げかけてくれているようだ。

 そして芒野こっこは惜しみなくEXポーションを飲みだした。それ、3万円……。


「あ。あははっ! ねぇ見てこれ。『こっこを助けてくれた冒険者さんへ』だって、2000円のミラクルチャットきてる! ありがとー!」


 不意に、芒野こっこが俺の腕を引いて『カメラファンネル』のコメントモニターを見せてくれた。おお、市販ポーション一回分……!

 てか近いっ! こっこ近いっ!


――【コメント】――

『は? 何くっついてんの?』

『は? おい? は?』

『死ねし』

――――


 そして俺の罵倒コメントが、蛇口をひねったように溢れかえった。こわ……。


『てかこいつ、知ってる奴かも』


 ……意味深なコメントに、はっと我に返る。

 そうか、俺、今カメラに映ってる!? 顔バレしてる!?

 しかも常に同接10万人超えの有名配信者の生中継で!?


 俺のダンジョン探索は、あくまでもただの趣味だ。

 身バレとかはあんましたくない……。

 なのでさっさと、今日はもう、帰ろう……! これ以上こっこのカメラに顔を映したくない。


「そ、それじゃあ俺はもう帰るね! こっこも、あまり無理しないで! じゃ!」


「え!? ちょっと待って! まだお礼言い足りないよ! ミラクルチャットの送金もまだだし……」


 引き止めるこっこに後ろ髪を引かれながらも、帰還アイテム【白鷲の羽】を掲げて……。やっぱりもう一度芒野こっこを振り返る。かわいい。


「……ゴブリンは毒に弱いから、毒矢とか毒投げナイフなんか有効だ。攻撃は剣でも防具でも受けるのはマズい。全部回避して。それができたらこの階層は楽勝だから! じゃっ!」


 ああ、またいらぬおせっかいを言ってしまった……。

 だけど芒野こっこがまたピンチになるのは嫌だし、ウザがられようが、念には念を、ね。


 そうして自己満足して、俺は【白鷲の羽】を使って、自室に戻った。

 暗い室内。電気をつけて、ベッドに腰を下ろす。……こんなに早く帰ってくることなんて、久しぶりだな。ダンジョン・ダイブしてからまだ十分も経ってないんじゃないか。


 ふだんなら、帰ってきたらもうヘトヘトで、すぐに寝てしまうのだが、なんせ今日は疲れることもないし、まだ高校生が寝付くような時間でもない。

 パソコンで、久しぶりに、人のダンジョン配信でも見てみようかな。……芒野こっこの配信は、なんか、自分の話をされていると思うと恥ずかしいので、あまり見に行きたくない。適当な配信者を探そう。


 ……いや、やっぱ、やめだ。

 いつもダンジョンで発散している体力が有り余って、すっかり不完全燃焼だ。

 愛犬も巻き添えに、外でも走ってこようかな。


「トシゾー、散歩いくぞ、散歩!」


「ワン!」


 ちょっと大きな声で呼んでやれば、すぐにチャッチャッチャとフローリングで爪を鳴らしながら俺の部屋の前で一声鳴くわが愛犬。秋田犬のトシゾー。

 共に夜の住宅街へと駆けだした。


 ――今回の戦績は、ダンジョンアイテムなし。そして矢が三本(一本20円)と【白鷲の羽】(800円)の出費。

 久々の赤字だ……。

 母さんに換金頼んどいた分、早くこないかなあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る