8.一緒に頑張ろう
───彼との関係が始まって、3カ月ほど経った頃…
「………最近、当直減ったね」
「え?……あぁ」
夫の様子が、急に変わった。当直の回数が明らかに減ったし、スマホを見る頻度も減った。
部屋に籠ることもほとんどなくなって、リビングにいる時間が増えた。
女の勘が働く。
きっと、不倫相手と別れたんだ。
「………なぁ、」
「……何?」
「今夜……久々にどう?そろそろ子供欲しいだろ」
“そろそろ子供欲しいだろ”
軽々と発せられたその言葉に……
カーッと、頭に血が上ってくる。
あれだけ私が望んでも拒み続けたくせに。私がどれだけ傷ついて、苦しんで、悩んできたと思ってるの?
それなのに……不倫相手と別れたからって、今更……。
「一緒に風呂でも入らない?───…」
手を掴まれて、浴室に連行されそうになる。
「やめて、」
涙がこぼれないように歯を食いしばって、思い切り手を振り払った。
「触らないで、」
睨みつけると、キョトンとした顔で見てきて。
とぼけた顔に、より一層腹が立つ。
鞄を掴み、コートを手に持って、家を飛び出した。
走る……走る……
アパートまで、とにかく走った。
「…───え、どうした?」
「……っ、……うぅ…っ、…」
彼の顔を見た瞬間、涙が溢れた。
嗚咽を漏らして、温かい胸の中でひたすら泣いた。
涙が枯れてきて、事情を話すと、彼は「ふぅ~」と深呼吸をして言った。
「離婚……しないの?」
「……え?」
「好きじゃないんでしょ?もう」
………そういえば、考えたこともなかった。
夫のことを今も好きかどうかなんて。
ただ生活のために、離婚はしたくないから一緒にいる。
それだけだったと気付く。
「もう好きじゃない。でも、離婚は……」
働きたくないから離婚しないなんて……ね。
病気な訳でもないのに。冷静に考えると、おかしな話。
ほんと私って、しょーもない女だ。
さすがにこれは、話せない。
そんな風に考えてたら、彼が突然こう言った。
「俺……働こうかな」
「え……?」
「仕事、また探してみる」
諦めてたけど、めげずに探したらどこか雇ってくれる場所あるかもしれないから。と。
「俺の仕事見つかったら、離婚してくれる?」
「……え……なに言っ…」
「一緒になってよ、俺と」
真剣な目に、胸を打たれる。
「本気だから。頑張るから、俺」
くすんだ心の中が、爽やかな光で照らされるようだ。
「ありがとう」
彼の両手を、キュッと握りしめる。
「私も働く。一緒に頑張ろう」
───翌日、私は家を出た。
夫の仕事中に離婚届を家に置いて、6年間みっちり貯め込んだヘソクリだけを持ち、彼のアパートに転がり込んだ。
「……布団もう一枚買う?金ねぇけど。笑」
嬉しそうな彼。
一緒にいられれば、それだけで良いと思った。
程なくして、私はスーパーのアルバイトを始めた。
やっぱり彼の仕事はなかなか決まらなかったけど、私は特に気にしていなかった───
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