5.力になりたい




「───…え……?」





 空気が、凍った。




「俺の父親、人殺して刑務所入ってる。母親はショックで自殺した。兄弟は元々いないし、じじばばも死んでるし、俺ひとり」

「…………」

「親が人殺すとさ、働けねぇんだよ。どこも雇ってくんない。俺が犯罪を犯したわけじゃないのに」



 彼が抱えているものは……


 凡人の私の想像をはるかに超えた、あまりにも重たいものだった。




「………なんて、急にカミングアウトされても困るか」



 出会ってから、初めて見る表情。

 哀しいとも苦しいとも違う……“孤独”を張り付けたような顔。胸の奥がキーンと冷えて、痛くなってくる。


 何も言葉が出てこない。


「そうなんだね」「大変だったね」と、喉元まで言葉が出てくるのに。


 どの言葉も、彼の状況からすると、あまりにも安易な言葉に思えた。


 彼は、氷が解けてほとんど透明になっている液体をグイッと飲み干して。



「ごめん。忘れて?………送ってく」




 立ち上がって、玄関へと向かっていく後ろ姿…───






───…飛びついて、抱きしめた。





「………私、」

「……え?」


「私………なにか、力になりたい」


 そんなことしか言えない自分に悔しさを感じる。

 もっともっと、強い感情が今、私の中にはあるのに。


 それを伝えきれる言葉を……私は知らない。


 毛玉がたっぷりついた灰色のスウェットを、ぎゅっと抱きしめる。彼の背中に顔を寄せると、やっぱり仄かな“男子臭”がして。


 思いっきり、息を吸い込んだ。



 ふと、手に触れた肌の感触。初めて触れた彼の手。

 とても温かくて、男らしい手だった。


 腕の力を弱めると、彼は振り返って私を見て。





「…………ありがとう」



 柔らかい笑顔で、一言だけ、そう言ってくれた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る